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『バズー!魔法世界を詠む』 これまでのあらすじ
『テオの日記』 - 005

2015/01/21 WED

不死王ジャラとは、ヴァメルの人々にとって一体何なのだろう?
偉大な王として遺跡や美術品が伝わる一方で、「ジャラの霊がヴァメルを呪っている」だの「ジャラが地下水道で騒いでいる」だの恐怖されている。
まあ、こういう世界の果てでは、迷信的な人々をよく目にするものだ。
セラスという都会からやってきた魔術師からすれば、全くもってくだらない。
魔術学院で不死だの何だのと口にしたら、大笑いをくらってしまうだろうな。

大臣メルパシャの手引きで調査に入った地下水道では、僕のサモニングが大活躍した。
やっとあの痩せっぽっちのランダル師匠に感謝出来る日が来たかも知れない。
しかしサンブラストを含む変容魔法を教わっていない僕は、こういう暗い場所を探索する際には、自前で松明を用意しなければいけない。
なけなしの二本を握りしめ、僕達は巨大な水の流れを辿っていった。

しばらくして、ミマスが一言「すえた臭いがする」と言い、僕達は嫌な顔をした。
中へ入っていくと、何故かこんな所に綺麗な女の人が居た。
早速「私共は……」なんてキリッとした顔で言い出すロマールにも一同ギョッとしたけれど、その女の人が無言の内にフラフラと階下へ降りて行ってしまっのを見て、僕達は顔を見合わせた。

が、ここで騙されるテオドールではない!
大体絶世の美少年である僕を、美しさで釣ろうというのが気に入らない。
僕は名残惜しそうにするロマールと、考え込むロット、そしてぼーっとしているミマスを引きずって、さっさと別の通路を探した。

するとミマスが「ここだけちがう」と指を差した。
ロットが調べてみると、壁の中に明らかに作られた年代の違う箇所があるらしい。
どうしようか話し合う僕らをよそに、ロマールは一人壁を睨み付けていた。
嫌な予感がした。
だって、ロマールは馬鹿だから。
案の定彼は、「よし殴ってみよう」とばかりに馬鹿力を発揮してしまい、僕達全員がその奥にあった空洞に落ちるはめになった。

そのままツルツルとした地面を滑って地下深くまで落ちた僕達は、お尻をさすりながら、周囲の光景に驚嘆の声を上げた。
ここはもうかび臭い地下水道ではなく、美しい水晶に似た床と、荘厳な壁や柱が組み合わされた巨大な遺跡だったのだ。
お宝の匂いが一気に濃くなったので、僕の瞳がギラギラと輝いた。
財宝に対するテオドールの嗅覚に間違いはない!
それを証明するように、すぐに大量のお宝が目の前に現れた。

川を渡れる小型舟カヤックは、この水路でも使われていた物だったのかも知れない。
大量の回復アイテムと共に手に入ったネシェの秘石、ゴリアテの秘薬、プロテの粉は、今の僕らでは使い方すら分からない。
早く上級探査魔法ティファイを使えるようになって、こうした魔法アイテムの効果を知る必要があるだろう。
お宝は、価値が分かってこそのお宝なのだから。
特にこうして遺跡の中で帰り道が閉ざされた時には、どんなに高級な宝石であったとしても、使い道がなければゴミ同然だ。

そんな中で僕が一番興奮したのは、古い巻物だった。
敵の体力を吸収する生命レベル3のドレイン、複数人を一挙に回復する生命レベル4のリバック、完全に体力を回復出来る生命レベル7のヒール!
特にヒールはレベル7、つまりガゼルファン帝国崩壊以後の最高級魔法だ。
さすがは不死王と呼ばれたジャラだと、ロットは息を呑んでいた。
ここは恐らく、巨大なジャラ王の墓なのだ。
彼を悼んで、いや、いずれ来る復活のために、こうした秘術が納められているのだろう。

古びた巻物を前に言葉を失う面々の中で、僕は一つ重要な考え事をしていた。
この世界の主役たる天才魔術師の僕は、はっきり言って他人の回復なんてしたくない。
だからサポートは他の連中に任せたいのだけれど、ロマールは魔法を覚えられる頭ではないし、ロットとミマスの二人組には一度レザーアーマーを持ち逃げされた苦い思い出がある。
今度の魔法も素早いロットに覚えて欲しいところなのに、いたいけな僕は疑心暗鬼に苦しんでいたのだった。

見る人が見ればこれは墓荒らしだけれど、現代に舞い降りたグレイテスト魔術師である僕に良い魔法が渡るのは、きっと人類の利益となるだろう。
そうして探索を続けていた一行の前に、ついに異様な扉が現れた。
その扉の向こうからは実態のない恐怖が滲み出ており、決して比喩ではなく、僕らは思わず何もかも投げ出して逃げたくなった。

壁に綴られた文字が語る。
偉大な技術者ジャラ、水の道を作り、ヴァメルに幸もたらせし。
偉大な職人ジャラ、恐ろしき剣を鍛えたり。
偉大な魔術師ジャラ、「生命」の呪文を極めたり。
偉大な王ジャラ、不死の身体を求めたり。
偉大なジャラ、死と恐怖を撒き散らせり。BAZOEの力によりて封印す。

これ程偉大な王が、何故恐れられるようになってしまったのか?
いや、それよりもこの見慣れない文字列BAZOEとは何なのか?
答えはどこを見回しても見付からなかった。
だから、扉を開けるしかない。

奥には玉座があった。
そしてジャラはそこにいた。
「我は、ジャラ。水道を作りし偉大な王……。秘術の限りを尽くし、不死を手に入れし者なり……。だが人、我が姿を嫌い、生きながら封印す……」
声は怒りと憎しみに震えていた。
こんな時に怯まないのがロットだ。
「不死の身体を得るため、多くの領民を生け贄にしたからでしょう」
ジャラは一瞬考えたように見えたが、気のせいだったかも知れない。
彼にまだ考える力が残っているとは思えなかったのだ。
「我が身に罪あれど、罪深きBAZOEに比べれば……、我が罪などないも同じ」

BAZOE、彼はバズーと言った。
「邪悪な化け物が何を言う!」と空気を読めないロマールが叫ぶのを、僕は彼の耳を引っ張って止め、ジャラに聞いた。
「バズー!とは一体?」
「何故そちがBAZOEについて問うのか……? まあ、よい。我は解放の時を迎えた」

そう言って彼は、「死と破壊……」とぶつぶつと呟きながら歩き出した。
そこにいたのは、狂気の王以外の何者でもなかった。
彼にはもう一度眠ってもらうしかない。

過酷な戦いだった。
ジャラは常に距離を取りながら、デスピルグレムという魔法図書館にも名がなかったおぞましい呪文で弾幕を張ったのだ。
それを避けながら疾駆するロマールとミマスを、ロットが幻影レベル4のフォッグで援護する。 しかし、ミマスが影に捕まった。
その瞬間、彼女の鼓動は止まっていた。

僕がテンタクルによって異界の触手を呼び出し、ロマールがフレイムソードで奴を切り裂いている間に、ロットがゴリアテの秘薬を彼女に与えた。
効果は分からず、一か八かだった。
だけど生命魔法の秘術が集まるこの遺跡で手に入れたものだ。
祈るような気持ちだった。
するとそれは何と、ミマスの目に光を呼び戻した。

四人の攻撃に、ジャラは最後の言葉もなく朽ちた。
僕達は息を整えつつ、彼の玉座から開封の印と、キュアオールの巻物を手に入れた。
キュアオール……、これも魔法図書館にはなかった名前だ。
しかし僕は理解していた。
これこそが大災厄によって失われたレベル8に違いない。
ジャラは、本当に失われた大魔術を習得していたのだ。

興奮のままふと目を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。
玉座には朽ちたはずのジャラが腰掛け、こちらを見ていたのである。
不意打ちによってロマールが倒れ、ゴリアテの秘薬はそれで尽きた。
その後ミマスがやられ、僕とロットの魔力を全て使い、僕達は何とかジャラをもう一度退ける事に成功した。

「ジャラはまさに不死となっています。この部屋の結界に封印するしかないようです」
まだ探索し足りない、なんて言葉は口から出てこなかった。
ロットの言葉に頷いて僕達は入ってきた扉まで走ると、後ろ手にそれを閉めて全速力で地上に向かった。
虫の息だったミマスが、隠し階段を見付けてくれたのだ。
去り際に扉を振り返ったが、そこからはまだ強い恐怖が滲み出ていた。

僕達が顔を出したのは、あの謎の女が消えた所だった。
開封の印を届けるのは翌日でいいだろう。
久しぶりに浴びた陽の光にありがたみを覚える間もなく、僕達はベッドに倒れ込んだ。

翌朝、ロットがリバックを習得してから、スルタンの館に向かった。
とんでもない仕事になったけれど、開封の印以外はもらってもいいみたいだし、死ぬ程ねぎらってくれるならこっちも構わない。
そんな態度で赴くと、スルタンは大袈裟にお礼を言い、開封の印をカリエスという男に渡すよう言った。

カリエスはイシュカールの大使らしい。
が、僕はここでミレーヌ姐さんの言葉を思い出した。
「ヴァメルのスルタンが、フルド族への恐怖から血迷って妙な連中と取引してる」
僕は美人の言葉を忘れない。
「カリエスとは何者か?」僕がそう問いただすと、ロットが叫んだ。
「テオドール! カリエス殿から幻影の呪文が感じられます」
ミマスは彼からベラニードの匂いを感じ取った。

しかしカリエスは笑っていた。
「フフフ。何度も邪魔をされたが、今度ばかりは役に立ってもらった」
律儀に「何者だ」と啖呵を切るロマールを脇目で見ながら、僕はうんざりしながら「まーたダークネスさんか……」と嘆息していた。

そう、クロイゼルだ。
彼が呼び寄せたパルピュイアをさっさと蹴散らし迫ると、クロイゼルは大得意技のダークネスを放ち、暗闇に紛れて逃げていった。
見れば僕の手元にあった開封の印もなくなっている!
そして目の前には、悪しき精霊ジンが身構えていた。

ジンはアイスボルトやバーニング、そしてムーンライトといった精霊魔法を使いこなし、その筋骨隆々とした肉体から繰り出される体術も厄介だった。
だけど不死王ジャラを退けた僕達だ。
時間はかかっても、負けはしない。
クロイゼルにはまんまと逃げられたけど、目の前に屈したジンは「慈悲深い方々、お許し下さい」と許しを請うていた。

ロマールは最後まで渋っていたのだが、将来大召喚術士となる予定の僕は、こういう精霊の類には恩を売っておく必要がある。
寛大な心をしっかり見せ付けてやると、ジンは感謝してお礼の品を残して去って行った。

突然の事態を飲み込めていなかったスルタンは、カリエスという男をまだ探していた。
もうカリエスも、助けに来るイシュカール軍も存在しない。
それを教えてやると、彼は僕にどうかヴァメルを守ってくれと縋り付いてきた。
まあ僕に縋る気持ちは痛い程分かるのだけれど、この人どうやら無能みたいだし、僕も忙しい身だ。

と、思っていたらロマールが既に許可していた。
こいつって本当に勝手な奴だ。
だけどロットが言うように、僕ら四人でフルド族全部を相手に出来る訳がない。
そうして僕達は情けない王の姿を背に、イシュカールかネーファンに援軍を要請しに向かう事になってしまった。
「ヴァメルの命運はあなた方にかかっている……」
泣きそうに言うスルタン王だったが、旅の足しにと渡してくれた品々はかなりしょぼくて、僕は宿の部屋で不満げに口を尖らせた。
お宝のコレクションとか売り払ってでも、払うもの払おうよ!と。
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