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『バズー!魔法世界を詠む』 これまでのあらすじ
『テオの日記』 - 009

2015/02/25 WED

人間とエルフの関係は、良好とは言えない。
僕らと彼らは事実上断絶状態にあると言ってもいいくらいで、寿命が短い人間側は、既に過去の歴史に何があったのかすら文明の外に追い出している。
古代魔法を研究する僕ですら、大昔に何故エルフ族が人間とベラニード族との戦いに参加せず傍観したのかを、知らないのだ。

だが歴史の裏側というのは、常に存在しているらしい。
最近、ベラニード族に接触した人間がいる。
それはどんな勢力なのか、どこの国なのか見当も付かないけれど、エルフの森に立ち入り、エルフ族の女王を攫える力を持っているという事は確からしい。

「イシュカールじゃあないか? あそこはベラニード族との混血の子孫だ」
「東方の国という可能性もあります。距離の遠さは理解の薄さに置き換えられます」
「ウル人達は、悪いヒトには見えなかったよね」
手持ちの言葉はどれも単なる憶測に過ぎない。
今必要とされているのは、行動だけなのだ。
ロットとミマスは朝早くファームの宿屋を発ち、僕達も王女と準備を整えた。

エメラルドの髪、ブルーの瞳……。
王女サリアは、弓矢を使いこなし、優れた回復魔法と全体攻撃魔法を操る131歳だ。
大昔に盗賊のアジトで手に入れたパールドレスを着こなせる人が、やっと見付かった!
ウキウキしながら彼女に合わせてみると、どうやら彼女が既に身に付けていたフェアリードレスで十分みたいだった。
じゃあこの服の意味って……。
そのやりきれない想いを、「131歳じゃあ、このドレスはきついか」と吐き出すと、思い切りぶん殴られた。
……思ってたお姫様と違う。

ヴァメルで手に入れたカヤックを使い、河を越え、そして山を歩き、僕らはエルフの森であるクレア・クォーラスへ向かった。
こんなへんぴな場所に引きこもっているなんて、本当に偏屈で変わり者で分からず屋な連中に違いない、などと考えながら、疲れる足を引きずっていった。

森へ入ったのは真夜中だった。
以前来た時は、昼間だったにも関わらず、同じ所をぐるぐる回らされてどこにも辿り着かなかった。
だから期待は出来なかったけれど、今は日の出を待つ時間も惜しい。
そうして進み続けていると、突然木の陰から音もなく矢が飛んできた!

現れたのは、クロスボウを構えたエルフ達だった。
「ここはエルフの森だ! 人間は通さない!」
「こっちにはお姫様がいるんだぞ!」
暗闇では確認出来ないとでもいうのか、既に乱戦となった現場では叫び声も無力だった。
弓矢を必死に捌くロマールの後ろで、僕はサリアの方を見た。
するとこのお姫様は、自分の森の中で、何の躊躇もなく精霊レベル5のファイアスフィアを唱えていたのである!

これで見やすくなっただろう、とでも言いたげにサリアは炎の嵐の中を進み出た。
「あたしが人間に見えるの!?」
こんがり焼けたエルフ達は、やっと慌てふためきだした。
「これはサリア様!」
「この人間は、あたしを助けてくれた人間よ。お父様の元へお連れするの」
「その者達をクォーラスへ入れるのですか?」
「あたしからお父様に言うからいいの!」
この人、やっぱり言っても無駄なタイプの人らしい。
彼らはそれをよーく知っているのか、これ以上己と森を焼かれない内に退散していった。

エルフ王シュレールは、頬がこけていて、トカゲみたいな顔をしていた。
「お父様! 無事に戻りましたわ」
「何よりだ、サリアよ」
「ベラニード族に捕まっていました」
「人間に攫われたのではなかったのか」
「捕まっていたのは、ファームの地下です。この人間達に助けられましたの」
父の前では言葉遣いを正すおてんばに冷めた目を向けつつも、僕らも人間代表として話に加わった。

「姫を攫ったのは、ベラニード族の手先の者です」
「我々は、騎士の時代には同盟を組んだ間柄ではありませんか」
大好きな騎士の話となると、ロマールの口調はどの王族よりも偉そうになる。
だがトカゲ顔のシュレールは表情を変えずに言うのだった。
「魔王オルヘスと戦うためだ。ベラニード族と戦うためではない」

「でも、私は助けてもらいましたわ」
やはり型破りな人らしく、サリアは頭でっかちという僕らの勝手なエルフ像とは異なる、直情的な物言いをした。
「……そうだな。娘を助けられた事に対して、礼を言おう」
一方シュレール王は理知的で、言葉を選びつつも人間のような偏見は持っていないらしい。
「我々エルフ族は、借りが出来たようだ。しばし、この剣と絆を預けよう」

魔剣ペナリア。
手渡されたのは、僕の同僚がいつか言っていた、エルフ族が作った魔剣だ。
そしてこの森への通行証とも言える「エルフの絆」を、彼らは与えてくれた。

僕らは集落で一休みをした。
「星の数を数えている。半分くらい数えた。後五百年くらいで終わるだろう」
長大な寿命故に、そんな気が遠くなるような会話を平然とするエルフ達は、さすが良い魔法や道具を持っている。
死者を蘇らせるゴリアテの秘薬も、希少故に値段は高いが、ここで手に入るようだ。

特に魔法の質は高く、生命魔法に至ってはレベル1から7まで全てが取り揃えられていた。
ロマールの馬鹿に薬を持たすにも限界があると感じていた僕は、麻痺・混乱・催眠・毒を治療する生命レベル2のフリーダを習得する事にした。
ただ、どうせ回復するなら綺麗な女性からの方がいい。
僕はサリアを引っ張ってきて、生命魔法を一通り覚えてもらった。

生命レベル3のドレインは、相手の体力を吸収する。
生命レベル5のリジェは、自然治癒能力を強化する。
生命レベル6のルーティンは、フリーダに加えて石化も治療出来る。
生命レベル7のヒールは体力を完全に回復する高度な術。
彼女は元々レベル1のリカヴァと、レベル4のリバックという、単体及び複数回復を覚えていたから、これでレベル8を除く全ての生命魔法を習得した事になる。

そして、僕が召喚魔法を学んでいると知ると、エルフの老人は召喚レベル7のクリストローゼの巻物を棚奥から取り出してくれた。
だけど、どうせその魔法は、近い将来にランダル師匠が得意げに教えてくれるだろうから、お金がもったいない。
僕は代わりに幻影レベル7のミラージュに興味を持った。
強力な魔物の幻影に攻撃をさせるなんて、テオドールに相応しい格好良さだ。
それを習得しながら、僕はぼんやりと考えていた。
幻影魔法って、美しい僕の顔を空中に大きく映し出したり出来ないんだろうか?
僕の美しさって最大の武器だと思うんだけど。

翌朝、僕達三人は森の入り口に立っていた。
「退屈な森の中と違って、なかなか面白かったわ。もっと旅がしてみたいけど、ここでさよならね」
「わざわざ送ってくれてありがとう。またいつか、旅をしましょう」
「私もお手伝いが出来て、とても楽しかった」
「うん。……さよなら」

ロマールはやはり一目惚れをしていたのか、名残惜しそうだった。
僕はというと……、叫んでいた。
「あぁぁ! あの年増のおてんば姫に、たくさん魔法覚えさせたんだった!」
旅の中で彼女のじっとしていられない性格に慣れていた僕は、てっきり一緒に旅を続けるものだと思い込んでいたのだ。
一体いくら注ぎ込んだのだろう?
ミマスにレザーアーマーを持ち逃げされた思い出が、今蘇った。

帰りはまたも二人旅だ。
ロマールはカヤックを漕ぎ、僕は今回の件をどう報告すべきか考えていた。
旅とは景色と会話するものである。
そんな言葉を、どこかで聞いた気がする。
確かにこの語彙貧弱騎士と二人だと、互いに無言でも周囲の色彩が褪せる事はなかった。

それが起こったのは、岸に着いた瞬間だった。
僕らは二体の赤い獣、フレイムタイガーと遭遇したのだ。
ここまでそれなりに上手く魔法を覚えてきていて、油断がないと言えば嘘になった。
奴らはロマールよりも速くこちらに張り付き、その鋭い爪を振るってきた。

僕が目覚めた時に見たのは、血を流しながらも強気に笑うロマールの顔だった。
普段、騎士の誇りだなんだと言って敵に背を向ける事を極端に嫌う彼は、僕をおぶって全力で逃げたらしかった。
そして命からがら辿り着いたこの木陰で、一万ゴルもするゴリアテの秘薬を使い僕を目覚めさせたのである。
「ま、正攻法でも、到底勝てる相手じゃなかったよ」
そう言って笑っていても、彼の肩は悔しさで震えていた。

魔物は日に日に凶悪になっているらしい。
ネーリア王国に至る途中、石化攻撃を繰り返すゴーゴンに遭遇し、僕は思わずミラージュを唱えた。
幻影レベル7の呪文は、グリフォンの姿を発現させ、相手の精神に傷跡を残す。
そして魔力を理解する者でなければ扱えない魔剣ペナリアで、ロマールを援護した。

何とかネーリアへ辿り着いた時には、僕達は疲れ果てていた。
だけどすぐに駆け込んだ宿屋でも、僕だけは眠れなかった。
それからロマールが寝静まると、僕は密かに外へ出て、魔法屋に向かった。
このテオドールがあいつの世話になってばかりなんて、許せなかったのだ。

生き抜くために、生命レベル3のドレインを、そして強力な打撃を何とか切り抜けるために、霧の幻で敵全体の命中率を下げる、幻影レベル4のフォッグを習得。
そして最後に、ワイバーンが託してくれた父リカルドの遺品、召喚レベル8のブレースを覚える、と魔術ギルドの者に宣言した。
習得の儀式は苦しく、一晩中続いた。

翌朝、寝不足の僕を不思議がるロマールと一緒に、ロットに会いに行った。
彼は大司教様への報告を終えていたらしく、サリアの事を「美しい姫君だったが、おてんばな方だった」と思い出していた。
あの短時間でそれを見抜き、なおかつ慎重に表現するその様子に、僕は改めて若くして出世する人間は頭が良い! そして腹が黒い!と思った。
こういうところを、見習わなくちゃいけない。

ラルファンへ帰る際に、一騒動あった。
それは丁度出航しそうだった船に乗ろうとした時に起こった事で、その船には旅券が必要なく、定期航路よりも自由に移動出来るという話だった。
船室に入って、ロマールが「なかなかサービスが良いな」と言うと、船長は「大事な商品だからな」と笑った。

奴隷船だったのだ。
「お前らは今日から奴隷だ」
「何ー! この私に向かって奴隷とは何だ! 私の強さを思い知らせてやる!」
こういう疲れるやりとりは、ロマールに任せると捗る。
そして僕は僕で、実はほくそ笑んでいた。
ロマールにも黙って習得した魔法ブレース……失われたレベル8を試す、都合の良い実験台が目の前に現れてくれたのだ。

どうなるかは、見てみるまで分からない。
何せ現代において人間がこの魔法を目撃するのは、今この時が初めてだ。
唱えた瞬間現れた龍の頭は、凄まじい炎を吐き出して海賊達と共に船を吹き飛ばした。
ど派手だ……、そして美しい。

「ふっふっふっ……。悪は滅びた」
乗っていた船を吹き飛ばしたせいで、爆発した髪型のまま海に浮かぶロマールは、満足げに頷いた。
相棒が馬鹿で本当に助かった。
真っ黒な顔をした僕も、気持ちが良かった。

セラスに戻ると、僕はランダル師匠に、ロマールはオルフェア様に報告をしに行った。
道を歩くと、「あら、テオドール様だわ!」という声が聞こえる。
ここは都だけあって流行に敏感で、噂話も絶えない。
僕の美しさや活躍はもちろん、平民にも分け隔てなく会うデュールの国王、南にあるという月の沙漠、郊外に建ったパル教寺院の話なんかを、人々は街角で語らっていた。

魔術学校の門をくぐると、同僚達が温かく出迎えてくれた。
探索から帰る者には、歓迎を。
研究に命を賭ける者達の流儀だ。

久しぶりに顔を合わせた友人達と交わす言葉は尽きない。
ヒュードロウの研究をしていた者は、量産が可能かも知れないと笑顔を弾けさせた。
これからザインへ探索に行く者、一度帰省するという者、パル教に影響されてか僧侶に憧れる者、遺跡でベラニード族を見たという者。
僕は彼らの中での出世頭であり、希望と羨望の的なのだった。

そんな僕に、痩せっぽっち師匠は言う。
「魔術師というものは、慢心してはいかん」
本当、口うるさい爺さんだ。
要するに、能力よりも積み重ね。
魔術師は誰よりも力を持つ存在だから、実績を積んで人としても信用される者にならなければならない……。
この話は、耳にたこができるくらいに聞いている。
けど今日から召喚レベル6のデスワードを教えてくれると言うから、文句は閉まっておく。
これは敵を黄泉の世界へ放逐する、強力な呪文なのだ。

勉強は日々の流れを早くしていった。
上級魔術師として探索に明け暮れたこの二年間は、闇の民ベラニード族の影を踏む旅だった。
ヴァメルの遺跡、トゥーインの鐘楼、ラモスの地下坑道、ファームの寺院廃墟。
地下帝国の封印に、何かが起ころうとしていた。
GA3019年、地上には暗雲が迫っていると言えた。

そんな日常の中でも、僕はあのラモスにいたワイバーンが言っていた事を、何度も思い出していたのだった。
「裁きの塔で全てが分かる」
その声は心の中で日に日に大きくなり、ある晩、爆発した。

「こんな遅くにどうしたんだい」
真夜中、ひっそりと騎士宿舎を訪ねた僕に、ロマールは驚いていた。
だがワイバーンの話を切り出せば、単純な彼は興奮を抑えられない。
「忘れるものか! あの時は全身の血が沸騰したよ! ああっ! あいつがドラゴンだったなら!」
僕はロマールの妄言を無視して説明を始めた。
「今までの事を振り返ってみて欲しいんだ。ヴァメル、トゥーイン、ファーム……。こんなにたくさんのベラニード族がイアルティスに現れたのは、騎士の時代以来だ。何かが起ころうとしているんだ」

僕の真剣な眼差しは、彼を貫いた。
ロマールは息を呑み、答える。
「えっ、そ、そうかな? テオドールがそう言うなら、そうなんだろうなぁ?」
……馬鹿相手に真面目に話そうとした僕がいけなかったらしい。
「細かい事はいいや。僕、行ってみようと思うんだ。ワイバーンの言っていた、ザインへ」

ロマールはちょっと考える振りをして、大きく頷いた。
「テオドールが行くなら、私も行くよ。ちょっと待っててくれ、証明書を頂いてくる」
それでも、こういう馬鹿げた行動力は結構助かるものなんだ。
飛び出していったロマールが帰ってくると、どんな説得をしたのか、彼は息を切らして得意げに言った。
「はあはあ。オルフェア様はお休みだったが、私の熱意に負けて証明書を下さったよ」

証明書がなければ、サーセス帝国を通るのに苦労したところだ。
こんなに早く準備が整うとは思わなかった僕らは、朝一番で出立する事にして、ロマールの部屋で時間を潰す事にした。
小さなセラス城が魔術師の力で難攻不落と呼ばれている話をしたり、トランプを持ち出しババ抜きをして、昆虫頭のロマールをいじめたりした。

朝の港には、様々な噂が集まっていた。
「黒い船に商戦が襲われたらしい。また海賊船だ」
「サーセス帝国もやっと内乱が片付いたらしい」
「ジャラって知ってるかい? 滅亡したヴァメルの人々の仇を討つために、砂漠を彷徨っているスルタンの幽霊らしい」
「魔術学校に入学希望者が殺到してるんだとさ」
「ダールが独立しそうな風向きだ。そうなったら商売が忙しいぜ」
「地下帝国は丁度ネーファンの地下にある」
「ベラニード族はシャア・テリスという女神を崇めている」

出迎えには何人かの同僚と師匠が来てくれた。
「空飛ぶ呪文を作ってみせるよ」
僕らは互いに目標を口にして、そのために死なぬ事を言外に誓い合った。
師匠はじっとこちらを見つめて、一言だけ言ってくれた。
「お前が思う通りにする事じゃ」

船でダールまで出て、そこから馬車を拾うつもりだった。
まだ完全に独立を果たしてはいないこの国は、経済的には盛り返しているものの、不穏な空気が拭い去られた訳ではない。
僕達はクーデター未遂に関わった身として、町の人々に最近の様子を聞いて回った。
セダンテスは飛び回っているらしく会えなかったものの、占い師、星読みのシーラは「あなた達には、私には言えない運命が待っています」と言っていた。

向かうのは東の果て。
余裕を持って動いていては、いつまで経っても辿り着かない。
馬車は風を切り、サーセス帝国の首都サールに向かった。
サールの農園は、農奴と呼ばれる奴隷によって耕されている。
先頃あった内乱というのは、こういった国の仕組みが問題だったのだろうか?

北のラルファンに暮らしていた僕らにとって、旧ガゼル王国を越えた向こうにあるこの国から先は、本当の意味での異文化だ。
街並みは整然としていて、宿屋は豪華、魔法の取り扱いも豊富だった。
「サールは炎の神様リドに守られている」
「西のダールは同盟国だったが、デュエルファンに占領された」
「東の果てザインには裁きの塔というのがあって、神託が得られるそうよ」
「ラルファンって、手品師の国なんだろう?」

戦を好む国らしく、良質なフランベルジュを見付け僕達は喜んだ。
ロマールは遂にお爺ちゃんからもらったファイアーソードを置き、その美しい剣を嬉しそうに眺めていたけれど、町中でこんな話を聞いて閉口していた。
「ああ、また戦争か。どんな時代でも戦争は無くならないんだなあ」
「帝国に敵う軍隊はない!」
「ガインがいなくなった代わりに、戦争で税金を取られた」

大きな都だから、ルメル行きの馬車もすぐに捕まった。
サーセス帝国とは大河を挟んで東、ドレスニアの首都ルメルは運河都市だ。
ここではザインと同じく、公平な裁きを行うファル神が信仰されているらしい。
寺院内の形状も独特で、祭壇を囲むように柱と長椅子が配置されていた。

こんな所にも探索に来ている魔術師がいて、僕らは遙か東の地での出会いを喜び、食事を共にして一晩宿を取った。
「ここから東に向かう馬車はなかなか見付からない。それと、裁きの塔に上れたという者の話は聞いた事がないから、気を付けるのだぞ」
共に握手を交わして、僕らは別れた。

道中は参った。
シャドーハンターと呼ばれる流浪の民族は、常に集団で行動し、弓矢を放ってきた。
ロマールでも捌き切れない波状攻撃に、僕も魔法を惜しむ余裕はなく、ブレースを使わざるを得ない状況が少なくなかった。
失われていたレベル8は、魔力の消耗も激しい。

だが幻影レベル4のフォッグは、見事な働きをしてくれた。
攻撃をすれば敵が死ぬのだから、とにかく攻めた方がいい。
これまでそんな風に思っていたけれど、こんな華麗な戦法も悪くないものだ。
とはいえ、師匠が教えてくれたデスワードだって、負けずに相手を黄泉の世界へ放逐してくれた。

「やあ。しばらく振り、テオドール。そちらの方がロマールだね」
イアルティスの果てで僕らを出迎えてくれた人物……、それは何と、あのそこそこ美しい吟遊詩人フェールだった!
一体何年振りだろう?
ロマールはその時の事を覚えていてくれた。
「初めまして。お話は伺ってますよ」
フェールと共にハイブレスへ行き、ロマールと出会ったあの十五歳の日々を思い出して、僕はどこまでも繋がっているであろう青い空を見上げた。

聞けば、フェールは何と、裁きの塔を上ろうとしていた。
歌を求めてどこへでも。
そんなフェールももう三十一歳と言うから驚いたけれど、その探究心は衰えるどころか、こんな所にまで彼を連れてきていたのだ。

僕達は三人で、調停都市ザインへ入った。
「この荒野ではどうやっても耕地にならないな」
そんな僕の言葉を聞くと、フェールは「変わらないですね、テオドール」と笑った。
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