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『ポンコツロマン大活劇バンピートロットを詠む』 これまでのあらすじ

『キニス・プルウィア』 - 010

巨大な闘技場に車券が舞う光景は、何か儚い夢のようなものを思わせる。
例えば、久しぶりに訪ねたデザートホーネット団のアジトで、荒々しい団員の男達が笑顔で声を掛けてきた時の事。
「お、コニーも一緒かい! コニー、また歌を聴かせておくれよ、頼んだよ」
あの月夜に聴いた歌声には、形などない。
しかし彼らの、そして勿論キニスの心の中にも、それは残っているような気がする。

自分にはそんなような事が出来るだろうか、とキニスは考えた。
楽団の仕事が一段落している中で、コニーを連れ回して流しで金を稼ぐというのも気が引けた彼は、フラフラしながらも色々な事に挑戦してみたのだった。
レイヴン砦では、ヒンヤリ遺跡に潜って幾つかの宝石と骨董品を発掘した。
その時はこれをコニーにあげたら喜ぶかなと思ったものだったが、結局そんな余裕などなくて、道中のデルロッチ貿易で卸してしまった。

貧乏闘技場出場者である自分に、彼女は気を遣ってくれる。
伝説と謳われるビークル乗りのジンジャーと度重なる稽古をした末に、餞別として背びれルーフを手渡され複雑な表情をしている時も、「最後に勝って、自信が付いたんだから良かったじゃない」と言ってくれた。
他人に同情する彼女を見ると、どうしてかこっちが可哀想になってくる。

今日、ハッピーガーランドでは年に一度のビークルバトルトーナメントが開かれた。
優勝賞金一万ユーロッチ。
そんな大規模イベントにダッドリーの代役として突然出場する事になったキニスは、渡りに舟だと興奮する一方で、思いの外緊張している自分にも気付いていた。
こんな事は、あの海岸から始まった彼の記憶の中でも初めてだった。
何でもゼロからやるしかなかった彼は、これまでの戦いにも、初めてのコンサートにもがむしゃらで、緊張する余裕すらなかったのだ。

一回戦はスームスームの八百長騒ぎでわざと負けた相手、腰抜けジミー。
散々怯えていた彼が、勘違いから開き直って、猛然と突っ込んできた。
二回戦はギラギラとやる気に満ちていた、フェンネル。
彼の砲弾アームの凄まじい火力が、こちらのスナイパーアームと激突した。
互いに弾切れ寸前になるまで死闘を繰り広げて、キニスは勝利し、準決勝へと駒を進めたのだった。

選手が控えるガレージで一人ビークルに座っていた時から、心はざわついていた。
集中しているようで何も考えがまとまらない。
相手はネフロネフロの英雄シュナイダーと、その愛機マキシマムだ。
あの街の闘技場で腕を磨いてきたからこそ、彼の名前に特別な重みを感じたのは事実だったし、試合の合間にマーシュの父であるセントジョーンズ郷が訪ねてきて息子の居所を聞いてきた事も、ずっと意識の隅に引っ掛かっていた。

とはいえ、それらで結果が変わったとは言えないだろう。
相手の爆発的な機動力とパワーに圧倒され、キニスは敗れた。
そしてそのシュナイダーすらも、前回優勝者であるエルダーには歯が立たなかった。
手を掛けた壁は、とてつもなく大きかったのだ。

初めてもらったファイトマネーは、千ユーロッチ。
その重みをポケットの中に感じながら、闘技場入り口でエルダーの愛機ホワイトレクイエムを見上げていると、何故か自分の事ではないのにシュナイダーが負けてしまったのが悔しくてならなかった。

そんな時、ちょっとした騒ぎが起こった。
どうやら先程の決勝戦でシュナイダーが負傷し、セントジョーンズ病院へと移送されていったらしい。
残っていた観客やスタッフ、アーバン新聞社を始めとする報道関係者までもが動き始め、キニスの周囲は俄に慌ただしくなっていった。
するとその喧噪に紛れて、低い声で話し掛けてくる者があった。

「見事なバトルでした。ちびっこ殺し屋さん」

コンフリーと名乗るその黒服は、自らを秘密結社の参謀だと言った。
ブラッディマンティスというその怪しげな組織の事は、確かに聞き覚えがある。

「我々には崇高な目的があります。その実現の為には、あなたのような有能な人材が必要なのです。興味がありましたら、中央通りのファッション・キドリ屋に来て下さい。そこの試着室が、我々のアジトの入り口になっています。試着室は二つありますから、間違えないように……」
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