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『ポンコツロマン大活劇バンピートロットを詠む』 これまでのあらすじ

『キニス・プルウィア』 - 011

忙しいやりとりが始まったアーバン新聞社のオフィスで、キニスは椅子に座って手持ちぶさたにしていた。
しかし、怒られるような事はない。
いつもはベッティ先輩のアシスタントである彼も、今は上客扱いだからだ。

キニスは自分が、崩落したウズラ山トンネルを占拠していたならず者盗賊団を退治し、ペンシル鉄道の不通問題を解決したという情報を持ち込んだのである。
この件は、一度派遣された警官隊が全滅した事で、世間の注目を集めていた。
ビークルバトルトーナメントのベスト四という成績から依頼が舞い込んできたのは、彼にとって誇らしい事だった。
ここにいる皆が自分の話を聞こうとしている様が、何者でもなかったキニスにはまだくすぐったい。

そういえば、チコリという少年の事故について初めて知ったのは、ここの新聞のバックナンバーだった。
楽団員は勿論、街の住人でさえ口が重くなるこの話を、聖堂の神父が教えてくれた。
あの日、駅前広場で友人の汽車が着くのを待っていたチコリは、彼をいつもからかってくる資産家の息子に持ち物を取り上げられ、それがきっかけで自動車事故に遭ったのだ。
ハッピーガーランドの人々は、誰もチコリを助けようとしなかった。
彼が車道から抱き上げられたのは、兄であるダンディリオンが事故を知って駆け付けてからだった。
遅れていた汽車が到着し、雨の中で絶叫するダンディリオンの姿を見たその友人の名は、コニー。
彼女はチコリと一緒にダンディリオンの誕生日プレゼントを買う為に、待ち合わせていたのだ。

「当時は今よりずっと、資産家や旧貴族の力が強かったのです」

そう話す神父の瞳は、悲しみよりももっと深い、キニスの知らない色をしていた。
いや、本当は彼だって知っていたのかも知れない。
それはいつも隣から聞こえる歌の音色に似ていた。
産業革命によって急速に進んでいく時代の中で、この街の人々はまだあの時の後ろめたさや後悔に強く引かれている。

何が悪い、などとは簡単に言えないのだろう。
漁師の息子で、足が速くて、正義感が強い……かつてキニスは己の過去をそう言葉にした。
しかし、例えば自分を勧誘してきたブラッディマンティスという結社。
街の地下に秘密のアジトを張り巡らせ、住民を不安にさせている彼らだが、キニスが入団を断った際には「気が変わったらまた来て下さい」と穏やかに応対していた。
だからこそ、今すぐ新聞にたれ込んでやろうなどとは考えられないのだ。
コニーにだって、気にしすぎない方がいい、何でも相談してよ、とそんな風に無責任には言えないだろう。

キニスは帽子の鍔を少しだけ落とした。
そうしながら、見舞いに行って顔を合わせたシュナイダーが、口数少ない男であった事を思い出していた。
もしかするとそれは、あまり嘘を吐きたくないからなんじゃないか、とキニスは考えた。
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