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『ポンコツロマン大活劇バンピートロットを詠む』 これまでのあらすじ

『キニス・プルウィア』 - 013

ネフロコーポの二階、ここがキニスの家だった。
久しぶりに帰ってきた彼は、夕陽が差し込む小さな部屋を見て、人がいなければ案外埃も積もらないのだな、と思ったものだった。
それから引っ越し以来敷きっぱなしだった床の新聞紙を片付けて、安物の絨毯を広げ、ビークルで旅する内に溜まっていった持ち物を整理したりしていた。
コニーやセイボリーのポスターは壁に貼ってみようかとも考えたのだが、一緒に仕事する人間の顔がいつも目に入るというのも変な気持ちがして、止めてしまった。
何かが出来なくなるという事もまた、生活なのかも知れない。

時間を持て余しているという訳ではなかった。
誰だって自分の生活を営んでいるのだから、一方的に急いでいるのだと言ったってどうにもならない事はある。
ミツバチ農園は今、荒くれ者ダッドリーによって破壊された花畑や家の復旧に忙しく、ハチミツを仕入れるというキニスの仕事は滞っていた。
そこで、この辺りには世話になった人も多いから、折角の機会に色々と回っているのである。

ダッドリーはゴールドーン村でも同じように傍若無人な振る舞いをしていたが、それはどちらもキニスによって追い払われた。
ビークルの上で感謝の言葉を向けられる彼の姿は、まるで正義の味方のようだった。
しかし、激しく動き続けている世間の中では事はそう単純ではない。
キニスは今、市民軍なるものに所属している。
例のブラッディマンティス団が突如としてガラガラ砂漠の油田を制圧した為に、燃料の供給が滞り、あちこちで物価が高騰し始めていた。
その状況を打破する目的で結成された市民軍のエンブレムが、彼のビークルにも取り付けられている。

「まるで戦争じゃないか」と誰かが言った。
コンドル砦ではハッピーガーランドを守るという名目で、巨大な陸上戦艦ロングシンフォニーが着々と建造されている。
武力衝突の足音は今やはっきりと聞こえ始めていた。
それでも皆、目の前のやれる事をこなすしかなかったから、キニスもまた自分が持っていた木材を街の人々へと提供した。
すると物資不足の為にそれは大変喜ばれ、市場価格というやつで取引が行われた結果、図らずも大きな儲けが懐に入ったのだった。
今は生活するにも多くのお金が必要とはいえ、キニスはどうも喜べないでいた。

陽が落ちた部屋は、相変わらずがらんとしている。
市民軍に頼まれた仕事で忙しく動き回っているから、ここは結局寝に帰るだけの場所なのだ。
燃料不足で経済が鈍くなっている影響か、街も夜になるとひっそりとする。
そんな時はよく、キニスはこれまで出会った人々の顔を思い浮かべた。
自動機織り機の設計図を受け取って喜んでいたハヤブサ絨毯工場の経営者、大学やビークル闘技場からの紹介状に驚いていた孤児院の子達、文明から取り残された村に鉄道を通したいと夢を語っていたミームー村の住人……。

マーシュは、大丈夫だろうか。
ゴールドーン村へ送り届けられた彼は、過去の事件についてダンディリオンやチコリに何て謝ったらいいか分からないと、辛そうな表情を浮かべていた。
見かねて「まずは元気になる事だよ」と声を掛けると、「元気になったら……謝りに行きたいな」と言って彼は目を閉じた。

先日市民軍に頼まれて、ダンディリオンと初めて一緒に演奏をした。
彼はひどく大人で、その美しいバイオリンの音色の奥にどんな想いを持っているのか、キニスにはとても分からなかった。
しかし、自分は部外者であるという、キニスがあの砂浜から背負い続けてきた寄る辺なさ、そんな自分だからこそ出来る事もあるかも知れないと、今彼は思うのだった。
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