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『wizardryで物語る』 Appendix Story
彼らに纏わる話 026

「何故こんな事が出来ない?」
そう言われたアンディの眼に涙が浮かぶと、見かねたサリアンナが彼を抱き締めました。
それから彼女にしては大変珍しく、サリアンナはアイリーンに非難めいた視線を投げて言ったのです。
「アイリーン、最近ちょっと怖い」
当然それに面食らった訳ではありませんでしたが、アイリーンは露骨な舌打ちをすると、ばつが悪そうにその場から離れてしまいました。

確かに、迷宮はかつてない程に死へ接近していました。
それは彼らが全滅した際にパーティを編成し、救出に向かうという、アンディ少年の役目が現実味を帯びてきたとも言い換えられます。
この地下深くを行くに当たって、彼が未だTILTOWAITを習得していないというのは、話になりませんでした。

「舐められているのが分からないのか? いずれ喰われるぞ」
アンディがキメラ四体を呼び出して喜んでいた時も、アイリーンは厳しく言い放ちました。
それから、てっきり褒められると思っていたためにしょんぼりする彼の姿を見て、益々苛立ちを募らせたのです。
しかしサイードが違和感を覚えたように、アイリーン自身もそれが自分にとって居心地の悪い態度である事は気が付いていました。

自分はこの少年に執着しているのだろうか?
魔法が唱えられるだけでは役に立たないと、彼にいくつかの戦術論を叩き込みながら、アイリーンは考えました。
アンディは、お世辞にも優秀な生徒とは言えません。
出来ない事ばかりで、何か出来たとしてもそれには大変時間がかかりました。
ならばとっとと囮にでも使って捨てればいい……、とはなりませんでした。
代わりはいくらでもいるのでしょうが、それはいくらでもいるような代わりしかいないとも言い換えられて、原因をそこへ持って行くのが、自分がこんな子供に物を覚えさせる事すら出来ないという意にも取れたのです。

かつて身内や恋人をも刃にかけてのし上がってきたアイリーンは、その鋭い観察眼と天性の決断によって、あらゆる力の向きを支配してきました。
本質的な制圧力を手に入れるために、金や愛憎や時間といった血生臭いものは全て燃して消費する事を厭いませんでした。
だから彼女は、今も故郷でその帰還を待つ一派にも、常に付き従っているサイードにも、思い入れなど殆ど持っていないのです。

今どうしてか、あの人が良いだけの両親の事が思い出されました。
彼らは周囲の人々との僅かな感情の接触に人生を費やしていて、我が子であるアイリーンに対しても、そんな繋がりを信じて止みませんでした。
アイリーンは、彼らと心が通じた、価値観を同じくしたなどと思った事は一度たりともありませんでしたが。

アンディ少年を見た時、彼女は如何にも何かが思い通りにいっていないような気がしました。
この出来の悪い子供を改良できない事が、もちろん自分の人生のほんの一端だったにしても、そこに征服出来ない土地を残すようで捨て置けなかったのです。

アイリーンは今も凜としています。
それは自身の結実が死でしかあり得なく、王とは孤独であると自覚しているからでした。
けれど最近は少しだけアンディに厳しく当たり、少しだけ苛立って集中力を乱したり、少しだけお風呂に入りにいく回数が増えたりしているようです。
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