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『wizardryで物語る』 Appendix Story
彼らに纏わる話 033

ゾフルは、掌にあった死の重みを名残惜しそうに手放しました。
どうして迷宮の闇に輝く死の指輪が、ヒトを惹き付けるのでしょう。
自らの命を喰らうものに手を伸ばす時、その美しさや値打ちに想いを馳せるでしょうか?
いいえ、その時ヒトは死しか見ていません。
生が見せる幻想や茫漠とした価値観、他者が作る苦悩や際限のない恐怖と比して、死にはあまりにもはっきりとしたビジョンがあるからです。

だからゾフルは、何か懐かしむような瞳を向けたのでしょう。
ドワーフ達が愛し信奉する機能美とは、我々の言葉によって表現された印象からは想像が付きにくいですが、所謂プラグマティズムとは全く異なるものなのです。
彼らは実利よりも歴史上見た事のない真理を求めていますし、何かを成す部品としての道具よりもそれそのものの存在に注目します。
言い方を変えれば、功利や効率に囚われないロマンチストとも言えるでしょう。

老兵が、自身が居られなかったその窟世界に湿っぽい感情を向ける事はありませんでした。
かつては理解したいと考えた気もしましたが、今はもう違います。
彼は、「古びた命がまた生き長らえた」と独りごちて鎧を揺らすと、刀の鑑定を終えたアイリーンの元へと歩いて行きました。

「待ちかねたぞ」
優れた指揮官であり、次々と強力な戦闘に参加する才女アイリーンは、その美しい唇を一振りの刀に向けて動かしていました。
素人目に見れば、輝きにも形状にも何の変哲もない刀でしたが、彼女の様子は今までの道具や武具の時とはまるで違うものです。

村正。
最も優れた武器であり、それ故に武器が望む斬るという行為へ持ち手が引きずり込まれるとすら噂されていました。
遙か昔にレベリオが生み出したその霊的とも言える価値は、あまりにも特別な存在へと一本の刀を押し上げた……。

ふと、ゾフルはアイリーンもまたそう考えるのだろうかと気になりました。
すると彼女はじろりとこちらを見て、満足げな顔で「これで随分戦力が増す。奴の首はもちろんもらうが、この迷宮を制圧する事が他に何か使えないか?」と笑いました。
それを聞いた戦士は、活き活きとした表情で軽口を返します。
「大変結構! 人間的だ! 征服への欲求と、そのための暴力! そこまで執着するのは人間くらいだろう! いや、ともするとゴブリンやオーク共もそうかも知れん!」
アイリーンは鼻を鳴らし、どっかと坐った彼と共に、作戦や意見を交換し始めました。
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