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『wizardryで物語る』 Appendix Story
彼らに纏わる話 042

そも、一体どこからどこまでが夢だったのでしょうか。
蓋を開けてみれば二重底であったというのは、人間が見る夢には珍しい事ではないですし、二重であればまだ幸いとも言えます。
せめて、ここが夢だと分かるのですから。

あの悪魔王が虚像でなかったと言い切れる者など、目撃した我々の中にすらいません。
先んじたサイードの一撃は、確かな手応えを伴っていました。
そのレベリオの技法によって一度は石に呑まれ、自由を失った悪魔王でしたが、一行がホラスマスと呼ばれる異世界の怪物に気を取られた一瞬の後には、もう動き出していました。
がしかし、カヤとサリアンナが必死の祈りから眼を開けた時、彼の姿は夢のように消えてしまっていたのです。
そこに残された確かなものは、六人の命と、死の実像だけでした。

地獄の業火を抜けて中心へと辿り着いた瞬間に、ゾフルは巨大な化け物に噛み千切られました。
プレートメイルは粉々に砕け、彼の頑強な四肢もべっとりとした赤い塊と化して、迷宮の床に転がり落ちていたのです。
オクサナは、いち早く中央の王にばかり気を取られてはならないと判断し、災厄の真言葉を唱えましたが、その呪文の響きごと彼女は丸呑みにされました。
まるで毒でも含んだかのように怪物は息絶えたものの、たった一人の僧侶が失われるには、あまりにも早すぎました。

数々の悪魔を斬り伏せてきたアイリーンの刃も、まともには通じませんでした。
しかし彼女は、それでも怯まずに先頭で立ちはだかる女主人です。
するとその隣で影のように付き従うサイードが、凄まじい気迫で怪物を退け、己の全てを駆使して悪魔王を押さえ込みました。
手裏剣を活用した体術、つまりそれは彼が忌避しようとし続けたレベリオの戦術であり、彼自身の中で生まれながらに流れていた暗い血潮なのです。
彼はそれを必死に使っていました。

「それでも、MAHAMANしかない」とサリアンナに眼を向けたカヤが見たのは、自分から祈りを捧げていた彼女の姿でした。
そして、遅れて詠唱を始めたカヤに不思議なビジョンが重なりました。
この六人の時間が終わらないようにと、皆が無事であるようにと、そんな強い望みが声となって聞こえたかと思うと、それはすぐにカヤの真言葉とも溶け合って、もう誰の呪文なのか誰の願いなのかも分からなくなってしまったのです。

そうして気が付くと、敵などどこにもいませんでした。
再生が危ぶまれる程の傷を受けたはずのゾフルとオクサナも、何事もなかったかのように、今こうしてラフネックの酒場で肉を喰らっています。
つまり、まだ冒険は続いていた訳です。
まるでそれこそが報酬であるかのように。

「いいや、報酬などまだ一つも受け取っていない」
口を開いたのは、アイリーンでした。
見れば彼女は、氷のような瞳に烈火の如き野心を秘めて笑んでいます。
そして言いました。
「さあ、奪い取りに行くぞ」
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