『或る結末と』
三十を前に、ドニはふらりと村へ帰ってきた。
あまり話さなかったが、冒険者稼業には一区切りつけたようだった。
最近では幼なじみだったローズとよく一緒にいる。
「早くしろよ」
「うん」
彼女はまだ独り身で、母を亡くしてからは家の仕立て屋を自分で切り盛りしていた。
今も町まで出て、糸を選んでいる。
ドニは退屈そうに窓の朱色に目を細めると、ふと日の短さを感じた。
肩まである柔らかい赤毛と懐かしいえくぼを見た時に、お前も変わらないな、と彼は言ったものだった。
ローズは、変わったわよ、と呆れたような困ったような顔をした。
そして、あなたは変わらないわね、と笑った。
ドニは首を傾げていた。
昔からこんな調子で、姉弟のような二人だったのだ。
「持ってくれないの?」
「やろうとしてたろ」
「また。そんなのばっかり」
眼前に広がる麦畑に似て、村はその色彩を移ろいながらも、景色は変わっていないようにドニには思われた。
彼が棒きれを振って伝説の戦士を演じていた頃、その隣にいた親友の僧侶は、昨年村一番の美人と結ばれて義父のパン屋で汗を流している。
いつも皆に遅れ後ろにいた盗賊は、子供を三人も作って賑やかに畑を耕していた。
好敵手だったもう一人の戦士は、都会へ行き教師になったという。
そして相棒である大魔法使い、彼女は今もこうして彼の少し前を歩いていた。
歩き方は多少大人びただろうか。
石や木組みの慎ましやかな家屋が並び、風がよく吹いた。
小さな村だから、若い男と女はその中で何かしらの恋や妥協を繰り返しながら、家が続いていくのである。
それはやはり、彼がいつか知ったように、くだらない話に違いない。
馬鹿をやっていた連中が年を取り、馬鹿なりに必死に生きた、くだらない物語だ。
しかし、どうも不幸ではないらしい。
「なあ。今の生活、満足してるか?」
「人生に心から満足してる人なんていないわよ。幸せそうに見えたって。……何故かしらね」
振り向いたその横顔は、茜色に染まっていた。
が、彼女は微笑んでいた。
彼女はよく笑う。
それは確かに楽しそうに見えて、彼もまた仄かに幸福だった。
この地の太陽を浴び続けたローズの笑みが、彼の学んだ世界の決まりよりはずっと切実であると、ドニは知らない訳ではなかった。
それを恐れて、夢に追いすがり便利に生きてきたのだ。
景色は、鳥や虫の美しい声に満たされている。
そんなものどこにも見えやしないのに、音が溢れている。
まだ少し、帰途は続いていた。
──アンジマルク国ナイトル地方の農村にて
ドニ・アンベールとローズ・ラングロワの会話