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『バズー!魔法世界を詠む』 これまでのあらすじ
『テオの日記』 - 006

2015/01/28 WED

当初の通りイシュカールに援軍を要請すべきか、それとも更に北へ向かいネーファンにまで話を持って行くべきか、僕達に明確な答えはなかった。
ネーファン王国の僧侶であるロットも、難しい顔をして黙り込んでいる。
国家間の軍事力の移動、介入、貸し借りは、今あるバランスを簡単に崩す。
ましてデュエルファンによるダルネリア侵攻も記憶に新しい。

アリア砂漠を北上しながら、僕はセラスの魔術師としてダルネリア解放に関与した事の重大さを、今更ながら考えていた。
旧ガゼル王国のラルファン、ネーファン、デュエルファンは現在も三国同盟を結ぶ仲だ。
おかしな形で情報が伝わらなければいいなと思いつつロマールを見たら、彼は砂漠のど真ん中で誰に格好付けているのか、馬鹿みたいに堂々と背筋を張り仁王立ちしていた。

とりあえずシュールで宿を取るつもりだった。
だけど町の住人達の騒ぎを聞いて、顔が青ざめた。
「ヴァメルが壊滅したらしい。町の土台が崩れて、地下水道も埋もれてしまったそうだ」

援軍の要請を提案したロットは、自分の責任だとうなだれていた。
何も君のせいじゃあない、そう口にしようとした時、一際大きな声が聞こえた。
「噂じゃ、ヴァメル崩壊にはセラスの魔術師が絡んでいるらしいぜ」
ただでさえシュールの人間達は余所者に厳しい目を向ける。
僕達は追われるようにして町を後にし、更に北へ向かっていった。
後味が悪くても、帰るより他はないのだ。
あの調子の良いスルタン王はもうおらず、不死王ジャラですらも地の底で永遠に眠るしかなくなってしまったのだから。

ファームの古く豊かな田園風景を背に、ロットは別れを告げた。
「しばらくこの辺りにパル教を広めてみようと思います。今度の探索は、色々な意味で勉強になりました」
僕が改めて「ヴァメルの責任は君にはない」と言うと、彼は悲しそうに首を振り、手紙を書くと言い残してミマスと一緒に行ってしまった。

それから僕とロマールはセラスへ向かった。
途中、毒の沼地を抜けた傷を癒すため、幽霊が出るという噂もあったトゥーインに寄った。
ネーファン王国の都らしく巨大な鐘楼があって、町中で聞くのも年老いた修道院長の具合が良くない、なんて話題が多かった。
GA2807に没した吟遊詩人、トミー・アールキンの墓もここにある。
一夜が過ぎ、僕達は馬車でネーリアまで戻って、船に乗った。

ひょろひょろ爺ことランダル師匠は、僕が持ち帰った「失われた呪文」、つまり生命レベル8「キュアオール」の発見に夢中だった。
めちゃくちゃ大変だったんですけど!という僕の愚痴を耳が遠いフリをして聞き流すと、召喚レベル4のコンジュアを伝授しようと彼は言った。
師匠って、都合が悪くなるとすぐこれだ。
でも僕もまだまだ甘い。
やっと覚えられる上級魔法への喜びを隠しながら、渋々頷いてあげた。

一年というのはあっという間に過ぎる。
ヴァメルから戻ってきた僕は、また魔法学校で学びながら地道な日々を送っていた。
港へ行けば、ダールからやってくる船の景気が日に日に良くなっていて、時の経過を感じられる。
町を歩くと、セラスでもパル教徒がちらほら増えてきていて、僕は時たまロットの事を思い出していた。

するとある夏の日、彼からの手紙がやってきた。
何とロットは、あの若さでトゥーインの修道院長に就任したらしかった。
是非来て欲しい、その言葉を読んで、ちょうど夏の休暇中だった僕とロマールは彼を訪ねる事にした。

ほんの少し寄り道させてくれ、と遠慮というものを知らないロマールは言った。
彼は騎士の本場であるデュエルファン王国を見てみたいと、ずっと願っていたらしい。
こんなご時世に僕達二人がデュエルファンに入るのは気が引けたが、こういうのを全く気にしないのがロマールの凄さだ。
この面の皮の厚さは、儚げな美しさを持つ僕からすると尊敬に値する。

デュエルファンの首都デュールは、ダルネリア占領による好景気で沸き立っていた。
町行く騎士は白銀騎士団を自称して、「ダールを占領したのは騎士団の力だ。やはり魔法や宗教では国は栄えんよ」と誇らしげに語っていた。
ラルファンと同じくフェスター教を信仰している教会を見学して、そこから城の前まで行くと、何と騎士団長陛下が会ってくれるという話になった。
僕達はまだセラスの町の魔術師長陛下の顔も直接見た事がないのに、この国の王は一介の旅人にも会ってくれるというのだ。

城には大量の武器や食料、日用品が蓄えられていた。
戦への緊張感は常に持っているみたいで、「サーセス帝国などに我ら白銀の騎士は負けん」と息巻いている兵士もいた。
だけど騎士団長陛下は、勇猛なだけではない大人物だった。
彼は僕達から探索の話を聞くと、「色々と大変だろう」と慈悲深い言葉をかけ、500ゴルを与えてくれたのだ。
ネーリアへ向かう馬車の中で、ロマールはひたすら陛下の懐の深さに感心していた。

トラブルに巻き込まれたのは、トゥーインに入った直後だ。
何と三人の男が一人を囲み、酷い乱暴を振るっていたのである。
こんな時に黙っていられないのが、そう、熱血勘違いお節介野郎ことロマールだ。
「三人がかりとは卑怯な!」なんてちょっとずれた事をキリッと言いながら、あっという間に彼らを蹴散らしてしまった。

僕は焦って、ロマールがやりすぎないように止めていた。
すると三人組は「バローネ様の護衛隊」を名乗り、ぐったりする男を「容疑者」だと断言してこちらを睨み付けた。
「私の名はロマール! 非はそちらにある。文句があるならいつでも来るがいい。セラス騎士の誉れを見せてやる」
そう言って相手を追い返してしまった横の馬鹿騎士を見ながら、僕は引きつった顔を出来るだけ美しい表情に戻し、溜息を吐いた。

気絶してしまった男の人を担いで、ロットがいる修道院へ向かった。
すると入り口で僧侶達が彼を預かってくれ、僕達は院長室に通された。
元々しっかりしていたロットは更に立派な雰囲気になっていて、彼は人払いをしてからソファに座り、真剣な表情で話しかけてきた。
「表向き、私は功績を認められて、亡くなった修道院長の代わりに赴任してきた事になっています。ですが本当は、パルの鏡の神託に従い、トゥーインで行われている重大な何かを探りに来たのです。前の院長も殺害された可能性が高く、私は常に監視されている状態で動きようがありません」

それを聞いてロマールが何と言ったかなんて、書く必要がないだろうな。
だけど僕らから護衛隊と名乗る者達のリンチを聞いたロットの形相は、書いておかなきゃならない。
彼は聞くや否や、脇目も振らずに院長室を出て行ってしまったのだ。
そしてそれを追って玄関までやってきた僕達に、信じがたい事実を告げた。
「君達の連れてきた人は、たった今亡くなりました」
「そんな馬鹿な! 死ぬような傷じゃなかった!」
「……これが私が動けない理由です。修道士の中にも敵がいるのです」

町の実力者バローネに目を付けていていたロットは、彼に関する情報を集めてきて欲しいと僕達に頼んだ。
ロマールは胸に手を当てて「彼の魂にかけて何としても秘密を暴く事を誓う!」なんて大声で言ったものだから、またしても僕は焦って、彼を押さえ付けなきゃならなかった。
敵はどこにいるか分からないのだから。

町での聞き込みも慎重にやった。
「夜な夜な幽霊が行列をなして町を歩いている」だの「鐘楼の鐘が毎晩鳴っている。死者の霊だ」なんて話がしきりに囁かれていた。
バローネは二、三年前にトゥーインにやってきた男らしく、「金に物を言わせて護衛隊を作った嫌な奴だ」と苦々しく言う者もいた。

バローネの館へ行ってみると、彼はあっさり会ってくれた。
緊張感が高まる中で、ロマールが一歩前へ出た。
「あなたの護衛隊に襲われた男は、傷が悪化して死にました。人一人死んだのです。理由をお聞かせ願いたい」
バローネは気の毒そうに、「こんな事になるなら見逃してるべきでした」と嘆いた。
そしてガーシュインという名のあの男は、町では腕の良い土木技師だと言われているが、私の金を盗んだ泥棒だったのですと説明した。
「証拠はあるのか!」と食い下がるロマールに、バローネは表情を変えずに「いくらでも証人はいますよ」と答え、僕達を帰した。

ロットとも相談し、僕らは鐘楼の謎に注目した。
調査は夜。
しかしいざ調査へ向かおうとした時、僕達はアサシンによる襲撃を受けた!

ランダル師匠が教えてくれた魔法コンジュアは、敵全員に精霊をけしかける。
それで襲撃者達を蹴散らし、僕達は外へ出た。
それからバローネの館の前で、張り込む事になった。

数時間が経過して辺りが真っ暗になると、物音と共に扉が開き、そこから僧侶姿の男達が何人も並んで同じ方向へ歩き出した。
その先は、やはり鐘楼。
ロットに知らせ、彼が合流した時には、町には鐘の音が何度も何度も鳴り響いていた。

人影を追って屋上まで駆け上がったものの、そこには誰もいなかった。
まるで夜の闇に忽然と消えてしまったようだった。
でも美しい瞳というのは、常に真実を照らしてしまうものだ。
僕は鐘に長いロープが吊され、それが遙か下にまで伸びているのを見付けた。
三人でそれを伝って降りると、ロープが揺れて鐘が鳴った。
つまり毎夜鳴る鐘の謎は、こういう事だったらしい。

地下深くに降りた時、ロットは「噂は本当だったのか」と深刻な顔をした。
ここは大災厄によって失われたと思われていた帝国時代の遺跡で、魔術の塔が掘り出されている現場だったのである。
秘密裏に遺跡を掘り出していたため、土木技師が必要だったという訳だ。
そして恐ろしくなって逃げ出した者は消された……。

魔物が大量に住み着いていたけれど、そこはこの厄介事を勝手に背負い込んだロマールを馬車馬の如く働かせて凌いだ。
もちろん天才魔術師の華麗な魔法捌きも光った。
ロットもさり気なくロマールの影に位置を取り、そこからリカヴァで援護するなんて、性格が悪そうな上手い戦法を取っていた。
こういう人が出世するんだなあ、と僕はまた一つ大切な事を学んだ。

だけど途中にはバローネ一味の待ち伏せもあり、ネクロマンサーやアーチャーがこちらを消耗させていった。
調子に乗ってコンジュアをぶっ放しまくっていた僕の魔力も残り少ない。

そうして辿り着いた最深部に、バローネがいた。
彼は「本物のパルの鏡は、トゥーインの地下に埋もれている」と一部の修道士達に持ちかけて、彼らを引き込んだのだった。
パルの鏡と言えば、未来を告げる存在としてパル教がその教えの中心としている代物だ。
彼は「トゥーインで本物が見付かったとなれば大騒ぎになる。それをもみ消すために今度ロットという若造が派遣されてくる」とも付け加えていたという。

倒れる直前、バローネはクロイゼルという名前を口にした。
彼の亡骸を調べると、オーラという聞いた事もない魔法の巻物を所持しており、その下の地面には騎士時代の封印があった。
もしもこの封印を破られていたら、ベラニード族が地上に溢れ出てくるところだった、とロットの顔は青ざめていた。

後日、ロットは事後処理をしたらネーリアへ戻るつもりだと僕達に言った。
そして今回の感謝を込めて握手を求めてきた。
ロマールは「騎士として当然の事をしたまでさ」とこれ見よがしな笑顔をしていて、僕はその横で肩をすくめた。
最後にロットが、自分なりにベラニード族について調べてみるつもりだと小さな声で伝えてきて、僕達三人は互いの想いや危機感を確かめ合った。

町では幽霊騒ぎがなくなって人々が安心していたし、僕も未知の呪文を手に入れられたので、セラスへ帰る事になった。
ロットが用意してくれた馬車に揺られながら、ロマールは「たまには馬車の旅も良いな」と、退屈しない景色を見つめて言っていた。

ネーファン王国とラルファン王国の間に架けられた橋は圧巻だった。
「海面までは100フィートもあり、作られたのは1500年も前です」
けれど、そんな御者の説明をのんびり聞いていた時、僕は海面に誰かが溺れているのを見付けた。
「とても間に合いません」と言う御者からロープを引ったくると、ロマールはそれを馬車に結びつけて急いで降りていった。

彼が馬鹿力で引き揚げてきた者を見て、御者は後ずさった。
それはウル人、狼のような見た目をした獣人族だったのだ。
言葉が通じるのだろうかと不安に思いながらこちらから名乗ると、彼はバイセンという名を名乗った。
そして自分は遭難していた訳ではなく、奴隷船から逃げてきたのだと説明した。

「奴隷船! その卑劣な奴らはベラニード族ではありませんでしたか!」
ロマールがそう詰め寄ると、バイセンはそれらしき者を見かけたと頷いた後、「私は行かなくては」と言って立ち上がった。
そして「仲間を助けなければ」と呟きながら、そのボロボロの身体を引きずって歩き出したので、僕達はびっくりした。

「たった今、私は全ての奴隷を自由の身にすると誓いました! どうか私に、あなたの手伝いをさせて下さい」
……嫌な予感はしていた。
だから、僕だってもう慣れたものだ。
ロマールの言葉を聞いてこちらを伺うバイセンに、僕も苦笑しながら頷いた。
「ロマールさん、テオドールさん……ありがとう」
バイセンの表情は読み取れないけれど、こうして感謝されるのも悪い気分じゃあない。
ウル族に貸しを作っておけば、いずれ役に立つ事があるかも知れないし。

そうして僕らは、馬車でトゥーインまで引き返した。
バイセンの目的地は更に西のロモスだったのだ。
御者はしょっちゅう後ろを振り返って怯えていたけれど、バイセンはじっとして常に大人しかった。
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