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『バズー!魔法世界を詠む』 これまでのあらすじ
『テオの日記』 - 008

2015/02/11 WED

ラモス村は山の幸、ロモス村は海の幸に与る寒村だ。
僕達は、こんなど田舎で何故か二十四時間営業をしてるバレン雑貨店で、獣のように食べ物を食べ漁った後、ロットが待っているロモス村へ帰った。
貧しそうな村々でも、教会関係者だけは豊かな暮らしをしている光景は、まさにネーファン王国というやつだった。

バイセンは例のクロスチェーン号で、仲間のウル人達と故郷へ帰る事になった。
そういえば魔法図書館で読んだ事がある。
ウルは海を渡る獣人だ、と。
彼らはどこへ行くのだろう? 今、どこへ帰るのだろう?
「力になれる事があったら、いつでも呼んで欲しい。必ず駆け付けると誓う」
そう言って去って行くバイセンの背を見ながら、僕はこの狭く広い世界に想いを馳せた。

そのまましばらく潮風を受けているとロットがやって来て、今度はそれを見たベリアルが口を開けた。
彼は村の平和を守ってもらった事にお礼を言い、故郷のラモスへと帰って行った。

「テオドール。あれからワイバーンの話について考えていたのですが、私にはパルの大司教様にご報告する義務があるのです」
足下に緑が多くなってきた頃、ロットが真剣な顔をして言い出した。
「セラスの魔術師として、私と共にネーリアへ来て頂けないでしょうか?」
そうして僕達はトゥーインで馬車を拾い、ネーファン王国の首都ネーリアへ向かう事になった。

町の中心、巨大な水晶神殿に大司教様はいる。
ロマールは煌めく廊下を歩きながら、そわそわする雰囲気に我慢しきれないように小声で言った。
「ロット、パルの鏡というのは何なんだい?」
「パルの鏡は、水の女神パルご自身だと言われている泉です。予知の力があります」
ラルファンの人間にとっては、パルはそこまで身近なものとは言えない。
僕とロマールはこっそり、少し楽しみだなと悪戯っぽく笑い合った。

大司教様は僕達の事をもう知っていた。
ラモス採掘所でのワイバーンの話をすると、彼は大至急調査を出すと決定を下した。
ロットはそれに頷いて、「この方達に、パルの鏡の祝福を頂けないでしょうか?」と大司教様に言ってくれた。

厳重な警戒の元で通された水晶神殿の最奥部、まん丸い建造物に、揺らめく泉があった。
僕が最初にその目の前まで通されると、水面にいくつかの映像が映って見えた。
暗い洞窟のような所を進む自分の姿、銀の糸に彩られたベラニード族の女性、暗い眼をした男の姿……。
不思議な事に、何故かその男はどこかで見た事があるような気がした。

僕に続いて戻ってきたロマールは、複雑な表情を浮かべていた。
「どうやら私は、騎士団長になるようだ」
妄想じゃないの? と笑い飛ばそうとすると、彼は頭を掻いて下を向いた。
「ただ、セラス騎士団のものではないような気もしたが……」

そして最後に手を差し出されたロットだったが、彼は突然、そこでひどく狼狽し始めた。
「えっ、いえ、私は……」
彼のその狼狽え方は、今まで見た事がないようなものだった。
だけど大司教様が「今まで十分に、よく働いてくれましたね」と言葉にした好意をむげにする訳にもいかず、ロットはフラフラとパルの鏡の前に歩き出た。

戻ってきたロットは真っ青な顔をしていた。
足取りもおぼつかなく、周りが支えようとすると彼は額の汗を手で拭って、無理に笑みを浮かべた。
「何でもありません。ただちょっと疲れただけです……」

旅の疲れが溜まっていたのか、ロットは自室へ戻ってしまった。
その間に僕は、この水晶神殿の資料室で宗教関連の古文書を読ませてもらっていた。
次にここへ入れるのがいつになるか分からないのだから、読める内に何でも読んでしまいたかったのだ。

リドは炎の神であり、戦闘の神でもある。主にサーセス帝国で信仰されている。
パルは水の女神であり、フェスターに作られた四人の神様の一人である。
テスは風の神であり、旅の守護神でもある。
レサは地の神であり、ダルネリアで信仰されている。

結局、僕達が帰る日になっても、ロットの具合は良くなさそうだった。
僕とロマールは彼を見舞った後、船でセラスへ向かった。
そして到着したセラス港で、ロマールは言った。
「私はベラニード族の事をオルフェア様にご報告しなければならない。すまないが、一人で帰ってくれないかい?」
どうやらこいつ、まだ僕を子供扱いしているらしい。
全く、その内にどっちが保護者か分からせてやる必要がある!

ランダル師匠は益々痩せたようにも見えた。
ベラニード族についての報告を聞いた師匠は「学校長にご報告する必要がある」と、魔法学校の奥へ僕を連れて行った。
けど残念ながら、そこには代理人がいるだけだった。
「ランダル殿、いかがなされた? ナルメア・シェン様は不在だが」
ラモスの遺跡でベラニード族が「BAZOE!の欠片」というものを探していたと伝えると、代理人はそれをナルメア・シェン様に伝えようと頷いた。

それから幾度となくベラニード族と接触してきた僕に向き直り、そろそろ「上級魔術師」にしてやってもいいのではないか、とランダル師匠に提案した!
ところが、このひょろ爺が「いやいや、まだまだじゃ」なんて首を振ったものだから、僕は思わず横でテンタクルでもぶっ放してやろうかと思ったくらいだった。
でも、親切な代理人さんが食い下がってくれたおかげで、師匠も認めない訳にはいかなくなり、僕の魔法も炸裂しないで済んでくれた。

これで遂に、僕も上級魔術師だ!
とはいうものの、ナルメア・シェン様とはいつ会えるのだろう?
帰り際に代理人の方をちらと振り返って、僕は思った。

召喚魔法レベル5のレエスアイは、雪の精霊を召喚して広範囲を攻撃する。
師匠に教わったその術の習得に励む内に、年は明けていった。
新入生が少しずつ入ってきて、同級生は少しずつ減っていった。
故郷へ帰る者もいたし、危険な探索で命を落とす者もいた。

これまでの旅で手に入れた魔法道具を調べるために、僕も探査魔法レベル4のティファイを習って、空いた時間を見付けては自室で荷をひっくり返した。
ネシェの秘石は強さが上がる、プロテの粉は防御が上がる、ベルダンの秘薬は石化を解く、トレヴィの秘薬は体力の最大値が上がる、メフェの石版は魔力の最大値が上がる、グラールフィズは体力と魔力を完全に回復する……。

時々他の研究室の奴が遊びに来て、「大災厄の研究を始めたんだけど、資料がなくて参るよ」なんて言って笑ったりした。
「騎士時代に、エルフ族が作ったペナリアって魔剣があるらしい」という話も聞いた。

古の地ファーム地方にある廃墟の探索を命じられたのは、年の初めだった。
美しい二十歳となった僕は、慣れた手続きでロマールを引き連れ、あの地方でも布教活動をしていたロット、そしてミマスに協力を仰いだ。

「……久しぶり」
ミマスのぼそぼそ声は、どれくらい振りだろう。
ファームは、ネーファン王国とイシュカールの間にある、そのどちらにも属さない緩衝地帯のような豊かな地方だ。
そこの小さな宿屋で僕らは落ち合った。

村人は異変を感じているらしかった。
黒いローブを着た男が森に入っていくのを見た者がいれば、森の動物たちが次々と森から逃げ出してきたと言う人もいた。
僕達は村で一泊して、翌日調査に乗り出す事にした。

夜、僕は探索で手に入れた品々を仲間に配って使わせた。
魔法関係のものはもちろん天才魔術師のものだけど、プロテの粉なんかは僕の壁役ロマールに、ネシェの秘石は非力な前衛ミマスにあげた。

森の中にあった廃墟からは、異様な気配が感じられた。
「ここは以前、寺院だったのでしょう」
饐えた臭いに顔をしかめながら、ロットが言った。
「パル教の寺院ですか?」
「いや、これは恐らく……、シャア・テリス教のものでしょう」

始めは気が付かなかった違和感に、ロマールが最初に噛み付いた。
変に勘が良い時があるのが、こいつが動物っぽいところなんだ。
「それは変だ! 古の地にベラニード族の寺院があるはずはない」
そう、ファームが古の地と呼ばれる所以は、ここが大災厄による被害を唯一受けなかった土地であるという歴史的事実だ。
つまり大災厄の余波で崩れた均衡、その狭間から現れたとされる異界の住人達が跋扈する時代も、ここだけは無事だったはずなのだ。

「まるでベラニード族が住んでいたようですね……」
「そんな馬鹿な! 奴らは地底からの侵略者だ!」
ロマールの声が響く中、祭壇付近をブラブラしていたミマスが指を差した。
「ここ! ……仕掛けがあるわ」

こういう場所を揺らめく魂だの幽霊だのには、サモニングが効果的だ。
こんな時ばかりはランダル師匠に感謝せざるを得ない。
寺院地下に続く、様々な仕掛けが施された通路を、僕達は進んでいった。

それは、道中で入手したクリスタルロッドを僕が使って威力を確かめていた時だった。
何故かこの廃墟の奥で、美味しそうな香りが漂ってきたのである。
扉を開けると、そこは食堂。
人の良さそうな太ったコックが、ニコニコしながら駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませー! 極上の料理はいかが? さ、さ、早く座って下さい!」

「冗談じゃあない」
「ところであなた、どうも変ですね」
「親切そうな所が胡散臭い」
「……豚の臭いがする」
さらりと自然に、ぼろくそ言う一行。
だって場所が場所だ。
案の定、怒り狂って襲いかかってきた豚コックは魔物だった。

厨房の奥には何人かの人間が捕まっていた。
「あいつは僕達を食べようとしていたんだ……」
うちひしがれる彼らを攫ったのは、やっぱりあの奴隷組織だったんだろうか。

地下には祭壇があり、神官は僕達を見て驚いていた。
「いんちきコックは、料理してやったよ」
得意げに言う、調子乗りの騎士。
でもこいつが牛みたいに突撃していくのは、戦闘では随分助かる。
ミマスも途中で手に入れたクロスボウを握りしめてそれを援護し、僕とロットの魔法が次々とベラニード族を仕留めていった。

だけど奴らは怪しい術で岩の巨人を呼び出していたのだ。
ロックゴーレム……、こいつが強敵だった。
何せ物理的な攻撃がほとんど意味を成さないのだ。
攻撃魔法をどかどか撃っていた僕の魔力はもうかなり少なくて、ゆっくりにじり寄ってくる巨人を相手に、食い止めるロマールもひいひい言っていた。

魔力が尽きかける寸前、僕達は何とかロックゴーレムを打破した。
それからこの場所を探ると、「テリアの印」という不思議な物を手に入れる事が出来た。
ロットは「地下帝国の通行証のようなものでしょうか」と推測したけれど、今はそんな事を確認しようがない

更に地下へ降りる階段を進むと、何とそこは巨大な地底湖だった。
「……美しい」
そう呟くミマスの横で、僕は不思議と寂しい気持ちを抱いていた。
「ベラニード族の住む地下帝国も、こんな世界なのかな。だとしたら、あまりにも虚しい所だね」
「何言ってるんだ。奴らは元々地底の民さ」
ロマールはふんと横を向いた。

そうして歩き出そうとした時、誰かが倒れているのを僕が発見した。
「大丈夫ですか!?」
そう駆け寄ったところで、ロマールが驚いて思わずこんな事を言った。
「これは……。何と美しいご婦人なんだ」

まあ美しさでは僕に及ばないけれど、確かに彼女は綺麗だった。
でもゆっくりと目を覚ましたその娘は、悲鳴を上げてひどく怯え始めた。
「私はセラス騎士のロマール。私が来たからには、もう怖れる事など何もありません」
そんな風に近付くロマールから逃げるように、彼女は僕の背中の後ろに隠れた。
まあ、人柄って出るよね。

「寄らないで! 分かってるのよ。あなた達、人間でしょう!」
驚く僕達の沈黙を、ミマス破った。
「……エルフだ」

実際にエルフを見た事がある人間なんて、どれだけいるのだろう?
ロットだって、もちろん見た事がない。
「寄らないで、獣!」
「け、獣! 名誉あるセラス騎士の私が……けだ……もの……」

アホは放っておいて、僕は彼女に向き直った。
「ベラニード族の者は倒しました。貴女をクォーラスの地へお送りします」
「……本当なの? 本当にエルフの森に返してくれるの?」
ロットも、パルの鏡に誓うと頷いた。
「……選択の余地は、ないものね」

彼女の近くには、フェスターの封印と読める文字が彫られた栓があった。
「これは地下帝国を封じたものです」
「すると、奴らはこの封印を破ろうとしていたのか!」
調べるロット、憤るロマール。
僕は少しずつ世界が綻びてきたような気がして、思わずその地底湖を見回した。

寺院の外まで来ると、エルフの女の人がためらいがちに口を開いた。
「私を攫ったのは、人間だったわ」
「ベラニード族が変装していたんですよ」
僕もロマールの発言に頷いた。
だけど彼女は困ったように眉根を寄せていた。
「それなら分かると思うけど……。あたしを渡されたベラニード族の方が困っているようだったわ」

それは、背中に氷を入れられたような衝撃だった。
彼女は続ける。
「エルフの王女を傷付けたら、ベラニード族はエルフ族を敵に回す事になるから」
エルフの王女!
驚いて復唱してしまった四人は、「名前はサリアよ。エルフ王女と呼ぶのはやめて」と釘を刺された。

「テオドール、どうやらのんびりしていられませんね。エルフの人間に対する誤解を解かないと、争いになる危険もあります」
ロットの顔付きが鋭さを増した。
「私とミマスはネーリアへ戻り、事態を報告します。あなたは、このまますぐにサリア様をクォーラスへお連れして下さい」
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