戻る
『ポンコツロマン大活劇バンピートロットを詠む』 これまでのあらすじ

『キニス・プルウィア』 - 007

漁師の息子で、足が速くて、正義感が強い……。
「漁師の息子で……」
キニスは被っていた水兵帽を手に持って見つめ、呟いてみた。
それは微かに浮かんだ自分についての記憶だったのだが、今考えてみれば、何だかこの町の土産物屋で買った帽子に言わされた事のようにも思えて、ひどくのんきなお伽噺みたいに聞こえるのだった。

しかし、スームスーム闘技場に程近い小屋で起きた事は本当だった。
マーシュは生きていたのだ。
キャプテン・シブレットと名乗る女性が彼の看病をしていた。
質素な花売りの格好をしていたが、その凜とした声と、肩に乗ったオウムは、見覚えがある様な気がした。
見覚えがある気がする、というのがキニスには嬉しかった。
自己紹介もする前から、「キニス!」と呼ばれたのと同じで。

原因不明の機関室の爆発による、ジュニパーベリー号の沈没。
ネフロネフロ沖が珍しく時化た日、全員は助からなかった。
申し訳なさそうに言葉を絞るキャプテンを見て、波に攫われたらしいキニスの方が何故だか心配そうな顔をしていた。
マーシュと話した時もそうだった。
大怪我を負いながらもキニスを案ずる彼が、楽団の皆が言った様な酷い奴にはとても見えなかったのだ。

ジュニパーベリー号は、未だウミネコ海岸沖に浮かんでいるらしい。
新しい船の建造を目指すキャプテンに頼まれて、キニスはそこに残された渡航許可証を回収してくる事になった。
今の生活、今の人生、今の記憶が始まった場所、何かを思い出すかも知れない。
彼はそこで出会ったコニーと一緒に行こうと考えた。
丁度良い具合に、楽団の仕事が暫く空くらしい。

「漁師の息子か……」
少し可笑しくなって、キニスは水兵帽からいつものカウボーイハットに被り直した。
この港町の景色が気に入っていたから、そんな事を言ったのかも知れない。
街を仕切るドン・スミスの部下ジェイクに脅迫されて八百長事件に荷担し、うっかり留置場で一夜を過ごしたりと、大変な想いもしたけれど、彼はこの潮風が好きだった。
荒々しい海の男達の声が遠くから響いてきて、キニスは朝日に目を細めた。
戻る