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『ポンコツロマン大活劇バンピートロットを詠む』 これまでのあらすじ

『キニス・プルウィア』 - 014

ロブスター亭の二階で、卓上電灯に照らされたメモ帳にペンを走らせている時、キニスは外がほんの少し賑やかである事に気が付いた。
物価高騰がすぐ解消される訳ではないだろうが、油田解放のニュースは瞬く間に広まったのだ。
同室のベッドでは疲れ果てたバジルが寝息を立てている。
マジョラムはまだ帰ってこない。
彼は市民軍の物資の管理責任者だったから、後始末が残っているのだろう。

ガラガラ砂漠の艦隊戦は実に凄まじいものだった。
ビークルバトル闘技場で類い希な成績を収め、先頃S級に認められたキニスでさえも、とても全体の事には気を遣えない規模だった。
飛び交う砲弾と入り乱れる敵味方に必死になっている内に戦いは終わり、黒煙がもうもうと吹き上がる中、辺りにはビークルの残骸が無数に広がっていた。
その光景は妙に静かなものだった。

「君は、何故トロットビークルに乗っている?」

それは、S級選手として初めてカードを組まれた相手であるエルダーが、かつてキニスに尋ねた言葉である。
ふと自分が何と答えたのか気になってメモ帳を繰ると、そこには簡単に「ビークルが好きだから」とだけ走り書きされていた。
あれはハッピーガーランドを訪れたばかりの頃で、確かライセンスもまだD級だった。

思えば、似たような質問をネフロネフロのジンジャー師匠にもされた事があった。
伝説のビークル乗りであり、エルダーを育て上げた彼には「ビークルバトルの腕を上げて何をしたいのか」と問われ、キニスは「ただ強くなりたい」と訳も分からず答えたのだった。

ひょっとすると、自分は冷たい人間なのかも知れない。
そんな気持ちが湧いてきて、キニスはペンを止めた。
恐らく彼の心は、ハヤブサ絨毯工場で自動機織り機の電源を入れた際の微かな振動を、忘れられないでいるのだろう。
或いは、ミームー村にまで通した鉄道をやってくる、汽車の匂いかも知れない。

「これからどんどん景気が良くなるだろうから、退職金も弾むし、働き場所はいくらでもあるさ」と経営者は語っていたが、工員達は辛そうな顔をしていた。
村の近代化に最後まで反対していた男とその息子は、もうここには居場所がないとうなだれて、鉄のレールと共に作られた道をトボトボと歩いて去っていってしまった。

きっと、より良くなるだろう。
そう思ったのだ、単純に
今でもそれが間違いであったとは言い切れない。
しかしキニスには、皆が想いを馳せているような昔も、抱えているような過去もなかった。

寝る前にこうして、これまでの事を思い出しながらメモを書くというのは、失った記憶を取り戻そうとしている内についた習慣だ。
彼の最も古い記憶、それはこの地へと渡る船上の日々であったが、浮かぶ映像はまるでモノクロームのようにはっきりとしない。

波止場だろうか?
そこではマーシュが叱咤されながら、ビークルを動かそうと四苦八苦している。
やがてその頑張りが認められ、二人とも船に乗せてもらえる事になったらしく、マーシュは大喜びしながらキニスに向かって両手を挙げた。
互いの事に跳ねるような笑みを浮かべているのを見て、彼みたいな人はきっと良い人だろうな、とキニスは思った。

それからあの海岸で目が覚め、「青い何か」が一発のミサイルを撃った……。

キニスは一息吐いて、メモ帳を閉じた。
明日は朝一番の汽車でネフロネフロに行かなければならない。
市民軍の勝利の後、声も掛けずに実家へ飛んで帰っていったコニーからの言付けなのだ。
病弱で、いつも窓際のベッドに寝て本を読んでいた彼女の母を思い浮かべ、キニスは嫌な予感を振り払うように蒲団を被った。
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