戻る
『SDガンダム GGENERATION-F』 Appendix Story

001「ウッヒ・ミュラー」

戦艦クラップのMSデッキでグフの操縦を終えると、消えゆく鈍い音が他を全て包み込んで、コックピットは無音よりも静かになった。
パイロット連中はこの時間をよく好むらしい。
そんな話をふと思い出したが、狭苦しいのが嫌いな俺は、早々にハッチを開いて外で身体を伸ばしていた。
するとキャットウォークを歩いてきたミンミ・スミスが、一杯に抱えた荷物の隙間から口を尖らせた。

「ウッヒさん、寄り道してたでしょ」

整備士見習いとして部隊に参加した少女も、人手不足が深刻な現状にあって、あらゆる雑用を任されていつも艦のどこかを走り回っている。
勿論、それは彼女に限った話ではなく、操舵士のつもりでいた俺にしても、いつの間にかこんな人型兵器に押し込まれて戦場のあちこちを駆けずり回る羽目になっていた。

「本隊を離れて、施設制圧だよ。聞いてるだろ?」
「……お酒臭いですよ」
「ジオンってのは、現地の人間には結構人気なの。彼らの心を開かせる為だったら、俺は何杯だって飲んでやるさ。それがどれだけ辛い戦いになろうともね……」

なんですそれ、とミンミはけらけら笑った。
こんな風に、彼女はどんな時にもパッと笑みを浮かべられたから、部隊の中でよく可愛がられていた。

「んもう、勘弁して下さいよ。親父さん、ピリピリしてるんですから。さっき宇宙に上がるスケジュールを聞かされて、上の人と大喧嘩したんです」
「ははは、お前も大変だな」
「他人事じゃあないですよ。五時間後には戦闘訓練ですからね」

大袈裟に顔を歪めた俺を見て、ミンミはまた笑った。
しかし直後にオープン回線でダイス・ロックリーの親父が喚き散らしたものだから、俺達は二人して慌てて動き始めた。

「ミンミ! 準備終わったのか!?」
「まだであります!」
「日暮れちまうぞ!」
「はーい! あっ、ウッヒさん。出撃記録ちゃんと提出しておいて下さいね! 伝えましたよ!」

適当に手を振って応えた後、俺は急にパイロットスーツのヘルメットがひどく重たく感じて、歩きながら嘆息した。
気が付けば、いつもこうなのだ。
何だって要領よく切り抜けてるつもりが、知らぬ間に厄介事を背負い込んで面倒の渦中にいる。

特にここ数日は戦闘が激化していた為に、こうして居住区の扉をくぐっても自室で仮眠を取るだけの生活で、今になって疲れが一気に出てきていた。
それなのに、久しぶりにまともな飯にありつこうと訪れた休憩室で俺を出迎えたのは、これもまた厄介な、二人の女が言い争う声だった。

「私の指揮に文句がおありなの!?」
「当然だ! 指揮官機にあんなに動き回られては敵わん!」
「あーら、あの活躍を見ていなかったの? 逃げ惑うザクを次々と真っ二つにした……」

シャロン・キャンベルとエルフリーデ・シュルツが繰り広げるその舌戦から出来るだけ離れ、隅のテーブルに腰を下ろすと、そそくさと一人の少年がそこへ寄ってきた。
彼女らと共に三体のトルネードガンダムを操るチームの一員である、ジュナス・リアムだ。
彼は何かを言い出す訳でもないのに、時々心底困った顔でこちらを見遣るので、無精髭をいじっていた俺も堪らず口を開いた。

「お嬢も騎士様も、戦闘の後によくこれだけ元気だな……。気に入らないところなんて、やり過ごした方が疲れないのによ」
「きっと二人とも、似ているところがあるんです」
「そうか?」
「はい。だからきっかけさえあれば、仲良くなれると思うんですけど……」
「ちょっと、ジュナス! この部隊では私が戦力の中心だという事を、この女に教えてやりなさい!」
「ジュナス! お前も自分の機体を盾にさせられたのだろう!?」

ジュナスはあたふたしながら何とか両者を立てようとしていたが、女二人はそのもどかしい態度にさっさと興味を失って、再び互いの言葉をぶつけ始めてしまった。
それを見てがっくりしているように、この少年は何やら必要以上に心配りが出来るから、こんなちぐはぐした部隊の中ではいつも気苦労が絶えない様子だった。

「お前な、ガキの頃からそんな風に気遣ってばっかいると、自分自身の隙ってもんがなくなっちまうぞ」
「隙ですか?」
「そうそう。女に突っつかれるような隙がないとな、寂しい男になっちゃうんだよ」

ジュナスは不思議そうな眼をしていた。
そんな時、突然大声が扉から入ってきて、そいつは室内の騒がしい空気をまるきり自分のものにしてしまった。

「よー! みんな、俺は感動したぜ! 決して、決して万全じゃなかった! でも考えてみりゃ、万全な時っていつだよって事なんだよな!? それをみんなの根性に教えられたよ! エルフリーデ、ジュナス、お前らマジで鉄壁だったぜ! シャロン、最っ高の気合いだったな! おぉっ、ウッヒさん! あんたがあんなに熱血だったなんて、知らなかったよ!」

我らが艦長アキラ・ホンゴウは、一人一人とハグしようとして女二人に殴られていたが、それでもめげずにこちらへやってきては俺にスカされ、結局ジュナスとだけ熱い抱擁を交わしていた。
良く言えば裏表のないその性格が安心出来るのか、ジュナスだけはこの暑苦しい艦長に懐いていているのだ。
俺はといえば、勿論こいつを苦手とする一人だったが、それでもこんな寄せ集め集団を引っ張っていくその馬鹿げた勢いに、感心する気持ちも持っていた。

とにかく、今この部屋や格納庫で巻き起こっている騒ぎ声が、そっくりそのまま我が部隊というものを表していた。
俺はその中で頼んだメニューが早く出来上がって欲しいと祈るように、平穏とまでは言わずとも、まともな日々がやってくる事を願っている、そんな一介の兵士だった。
戻る