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『SDガンダム GGENERATION-F』 Appendix Story

003「ラナロウ・シェイド」

一つの戦争が終わった。
たった一機で警戒任務に当たっていた俺は、まるで糸の切れた凧のようにフラフラと、コロニーに入港する艦の周囲を適当に飛んだだけで戻ってきた。

だが、けちを付けるような通信は飛んでこなかった。
一つの戦争が終わったのだ。
そんな言葉一つで、何もかもが変わってしまったようだった。

MSデッキでハンガーに固定された機体を眺めていると、飛び交うワイヤーガンや整備班長のがなり声が遠のいて、巨大な空間がレンズ越しのように歪む錯覚を覚える。
空気を対流させる為の単調な空調と、作業の進捗や物の移動を淡々と告げる無線は、流れていく時間を静かに遠ざけていった。
小さなコロニーといえど、所定の手続きが終わるまではもう暫くかかる筈だった。

重MSでありながら、全身にアポジモーターと大推力スラスターを装備する事で高い機動性を得たケンプファーは、そのジェネレーターへの負担を減らす為に装甲を極端に薄く設計され、火器も実弾兵装ばかり、弾薬が切れればその場で排除していくという一撃離脱戦法を想定された機体だった。
拠点強襲用の火力を単機で得る為に、その身に持てるだけの火器を満載し、おまけにこの隊長機は推進エネルギーの増強までしてあるせいで、その青い姿はハリネズミのような異様な形をしていた。
ピーキーではあるが、高性能であるのは間違いない。

俺は自分のリック・ドムと見比べて、恨めしい気持ちで先の戦いぶりを思い返した。
暗礁宙域の中をアステロイドを蹴った面移動で接近し、チェーンマインで一気に仕留めていくという荒技で、こいつはザクレロやビグロといったMAを単独で対処していた。
一方部隊員だった俺は、何の役にも立たない対物感知センサーに苛立ちながら、ジャイアントバズのトリガーに指を掛けて見ているしかなかった。

まともな機体を寄越せば俺が一番上手くやってやる、なんて青臭い事を言う程ガキじゃあない。
ただこれに乗っていた男については、どうしても気に障るのだった。
部隊長エルンスト・イェーガーは、俺が軍属だった時にも上官であり、更に言えば鬱陶しい訓練教官の役を務めていた時もあった。

「辞めてやらあ、こんなところ!」

何度言ったか分からないが、最後には本当に我慢が利かなくなった。
なのに、こんな傭兵稼業の寄り合い所帯のようなところで再会した挙げ句、まさかもう一度部隊まで組まされるとは思いもしなかった。

奴がどうして軍を辞めたのか、そんなのは知った事ではない。
元々上に好かれるタイプとは程遠い、所謂油断ならない歴戦の下士官というやつだったから、どうせ何か面倒事に巻き込まれたか、それにかこつけて切られたのだろう。
ひょっとすると、一緒に連れてきた若い士官学校上がりと何か関係があるのかも知れなかった。

「とにかく、滅茶苦茶なんですよ! 艦長はデータより闘志だなんて訳の分からない事を言うし、隊長は隊員とスコアを張り合って言い争いするような女性なんです。ブリッジクルーだって物理学もろくに知らないような……まあ、これは僕だって実戦経験は浅い訳ですから偉そうな事は言いませんが、本当に大した損害がないのが信じられないぐらいで……!」
「大した損害がないなら、いいじゃねえか」
「いつどうなってもおかしくありません! いくら状況を解析してオペレートしたって、現場も上も好き勝手ばかりで……。イェーガー隊長から一つ言って下さい!」
「だけど、俺はお前のところの隊長じゃあないからなあ」

艦から出たドックの通路に、その二人はいた。
ヒョロッとして神経質そうなルロイ・ギリアムは、頭でっかちのお坊ちゃんらしく、正論なら誰もが理解を示して当たり前というような態度で食ってかかっている。
対してイェーガーは手元の資料に書き込みをしながら、適当な相槌を打っていた。

奴らしい手だと、俺は思った。
普段はのらりくらりと適当な態度ばかり見せておいて、一朝事あらばさっさと動かざるを得ない状況を作ってしまう。
今回も詰め寄ってくる敵部隊の射程圏内に自ら入っていって、集中する射撃をやり過ごしながら「露払いはしてやるよ」と行動を促した。
いけ好かないが、実力は本物だった。
それがより一層、俺を苛立たせた。

イェーガーは少しだけこちらに眼を向けたが、関わり合いになる気がなかった俺は、仏頂面のままその脇を通り過ぎようとしていた。
そんな意図を見て取っても、奴は大して興味なさそうに表情を変えなかった。
しかし一言だけ、こちらの背中に向かって口を開いた。

「おい、まだ何してくるか分からん残党はいるからな。あんまり止まって飛ぶんじゃねえぞ」

それは耳にたこが出来るくらい聞いた言葉だった。
普段はやる気があるのかないのか分からないような男だから、口喧しく言ってくる事など殆どなかったが、慣性飛行を数秒でも長く続けた時には絶対にそれを見過ごさなかった。

「俺はお守りが必要なガキじゃない。そいつと違ってな」

コロニー内には、雨が降っていた。
レンタルしたエレカを運転しながら、俺は自分が生まれた所にそっくりの画一的な風景を横目に、置き去りにしていたはずの焦燥感のようなものを思い出していた。
いつだって、もっと上手くやれるような気がしていたのだ。
だが現実には後少し手が届かない事ばかりで、俺はそんな状況に苛立って、飛び出してばかりだった。
軍からも、街からも、彼女の前からも。

古ぼけたダイニングを一軒見つけるのに、随分走らなければならなかった。
入ると広々とした店内には身内の隊員がちらほらといるだけで、田舎特有の緩慢な空気がそこには流れていた。

「あんたねえ、しっかりしなさいよ」
「でも、凄い人達なんだよ。色々とさ……」

窓際のボックスで向かい合っているのはシェルド・フォーリーとクレア・ヒースローで、二人は元々ハイスクールの同級生だと言っていた。
俺が来たのと同じくらいに、民間人から戦闘部隊に加わった少年と少女で、ここでの最初の仕事は彼らに宇宙空間でのMS操縦訓練を施す事だった。
最初は予備隊に数えられる筈だったらしいが、訓練中に会敵した事で、子供達は否応なく実戦の中へと引きずり込まれていったのだ。

「いい? 自分の命を守る為に戦ってるのよ。ご機嫌取ったって、いざという時には誰も命を賭けて守ってなんてくれないからね。本当、気が弱いんだから」
「ジュナスさんは、優しくしてくれるよ」
「だけどその二人には、てんで弱いんでしょ。情けない男達だなあ。あたしが言ってあげようか?」
「駄目だよ。クレアが話すと、必ず面倒な事になるし」
「何よそれ!?」
「ギャーギャーうるせえぞ、ガキ共!」

カウンターで酒を飲んでいた眼付きの悪い男が怒鳴りつけると、二人は慌てて顔を寄せ合って、声を落とした。
ビリー・ブレイズ、確か操舵手で、ここへ来る前は妙なものの運び屋だったとかいう噂が囁かれていた。
場の白けた空気に呆れながら、俺が少し離れたカウンター席に座ると、彼は近寄ってきて二つ持ったショットグラスの片方を俺の前に置いた。

「よう。あんたパイロットだろ? ……俺達、以前会った事があるか?」

表情はヘラヘラしていたが、瞳は酔っていなかった。
更に右手はグラスから離さないままで、無遠慮にこちらの顔を覗き込み、答えが返ってくるまで平気でその姿勢を崩さなかった。

「……さあな。気のせいだろ」
「そうか? 同業者かと思ったんだが」
「チンピラの顔なんていちいち覚えてねえよ」

面倒がって吐き捨てると、何故かそんな態度が気に入ったらしく、ビリーは面白いものでも見つけたように笑って隣に腰を掛けた。
それから勝手に俺の前に置いたグラスと乾杯したかと思えば、ニードルとかいう鹵獲船を任されているチンピラがうまい儲け話を持っているなどと、ベラベラお喋りを始めた。

そいつはまさに、酒を飲まなきゃ聞いていられないような与太話だった。
ビリーにしても本気なのか一杯食わせようとしているのか、ブランデーを舐めながら、試すような調子で語っていた。

ふと俺はその赤髪の向こうで、クレアがイーッと変な顔をしていたのに気付いた。
それはどうやら先程ビリーにやっつけられた仕返しだったらしく、俺が気付くと彼女はバツが悪そうに悪戯っぽく笑って、シェルドが焦っていた。
そんな子供じみた復讐に、俺は不思議と表情が緩んだ。
そして退屈しのぎに、彼女のささやかな勇気に加担してやる事を思い付いた。

「マスター、酒出してくれ」
バンダナを締め直し、俺は出てきたボトルから安酒をなみなみと注ぐと、それを互いの前に置いてから言った。
「お前の事をよく知らなきゃ、その話には乗れないな。腹を割って話す前に潰れるなよ」
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