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『どきどきポヤッチオを詠む』 Appendix Story

『ギーの日記』

飛行船から見えたプエルコルダンは、空に囲まれたほんの小さな村だった。
だけど配達の手伝いをしながら走り回ってみると、ここにも沢山の人がいて、遠くからは簡単に見渡せた端から端へなんて行く間もなく、いつも日が暮れてしまうのだった。

今も下の階からは、マリアねーさんがパタパタと明日の準備をしている音が聞こえてくる。
ねーさんはいつも僕より早く起きて仕事をしているし、僕よりも早く寝ているところを見た事がなかった。
まして今はパン粉コネコネ機「プリティマリア」が不調だから、準備に時間がかかるのだ。

「ねーさんは、どんなときもパンを作っています」
マリアねーさんの手作りの地図には、この家を指してこんな字が書いてある。
ベッドの上にそれを広げながら、僕はパンを受け取る人達の嬉しそうな顔を思い出していた。
それから昼間、お使いを終えて帰ってきた時に、レジでうとうとしていたねーさんの顔も。

きっとここのパンは、プエルコルダンにはなくてはならないものなのだ。
だから「夏休みの間、手伝いに来て」と、僕がお願いされたのだと思う。
叔父さんと叔母さんと、他にも色んな大人達が王都復興の為に家を空けてしまっていて、今は戦争はないものの、どこも毎日忙しい。
そんな忙しさが、慣れないベッドの心細さを吹き飛ばしてくれたけど。

村には同じ年頃の子達が何人かいる。
魔法使いを目指しているルフィーは、村長さんの孫で、元気一杯に箒を乗り回してる。
彼女をライバル視するピアは、僕の事をボケナスなんていう風に呼ぶ、気が強い子だ。
飛行船で出会ったシンシアは、凄く真面目で勉強が出来る優等生だけれど、本当は厳しいお母さんに隠れて動物の本を読むのが好きらしい。
チェインは機械が好きで、いつか帝国で技師として働くお父さんのように、この小さな村を出て行きたいと語っていた。
読書が趣味のリーナは身体が弱くて物静か、だけどとても優しくて、村に慣れない僕にとっては色んな事を聞きやすく話しやすい。
マリンはリーナといつも一緒にいて、釣りばかりしている、男の子みたいな女の子だ。

そんなマリンを、今日怒らせてしまった。
「父ちゃんが魚を焼きすぎたから、うちにメシ食いに来ないか?」と誘われていたのに、その時間に間に合わなかったのだ。
遅くまで村の探検をしていたからで、僕はそこで見つけた花を彼女に手渡すと、トボトボと帰ってきた。

そこまで大事になると思ってなかった分、ひどく気持ちが落ち込んでしまって、それから暫くは一人で外を歩いていた。
すぐに帰ると何か説明しなきゃいけないかも知れないと思ったし、マリアねーさんはいつも今日はどんな一日だったか聞いてくるから、それに「サイテーだった」なんて答えるのも嫌だったから。

そういえば、ねーさんはこんな事も言っていた。
「昨日まであたし一人で寂しかったから、今日から夕ご飯が楽しみだわ」
それを思い出して、僕はマリンも凄くガッカリしたのかなと考えた。

明日はお使いするところが近ければいいな。
そうすればすぐに遊びに出掛けられるから、マリンに会いに行こう。
ロン爺さんのお店で、お小遣いでも買えるプレゼントを持っていって。
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