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『wizardryで物語る』 Appendix Story
彼らに纏わる話 012

アイリーンが灰から目覚めたサイードに少し休むよう言い渡したのは、勿論慈悲の心からではありません
恐らく、単にこのまま働かせ続けても能率が上がらないとでも思ったのでしょう。
しかし常に全てをアイリーンに捧げてきた彼にとっては、その日は人生の途上に不意に空いた穴のようでした。

この茫漠とした迷宮生活。
日常と呼ぶ事すら許されない無限の日々に押し潰されそうになっていたのは、実は彼だったのかも知れません。
空回りや自己への失望、感情的な苛立ちや嫉妬。
レベリオの血に従って生きていた時には、そんな無駄な思索に煩わされるような事は決してありませんでした。
案外弱いものだなと、彼は遠くの壁をぼんやり見つめました。
捨て去った日々の中にいる自分は、あんなに強く見えるのに。

「必要ない。役に立たない。別の奴の方がいい。そんな言葉が聞こえた気がしたんでしょ? 冒険者のタブーだよ、それ。そういう言葉を吐いたり思い浮かべたりすると、大抵何かが失われるんだ。でも、あんたは生き残った。だったら、まだ何か役割があるって事なんじゃない? 辛気くさい顔はやめなって。酒でも飲んでさ。今日はお休みでしょ」
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