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『wizardryで物語る』 Appendix Story
彼らに纏わる話 034

トランブルの南地区は、この生き物のように成長を続ける都市の中にあって、数少ない古びたままの小さな街並みとして取り残されていましたが、行き交う人の数は現在でも最も多い場所の一つでした。
それはこの辺りの大部分が歓楽街として機能していて、急激な発展が吐き出す華麗さから貪欲さまでもが、昼夜問わずに渦巻いているからです。
ラフネックの酒場は、その中心である大通りの端に位置していました。

とあるパーティが迷宮に関する問題を解決した後も、相変わらず冒険者はこの界隈に数多くうろついていました。
元々がその日暮らしのようなものですから、先行きの明暗を言葉でこねくり回す者など殆ど見られませんでしたが、ある時点から一つの噂が連中の間で囁かれ出していました。
曰く「迷宮の事件が収まると、必ず彼らがやってくる」。

誰も彼らの名前を知らない。
しかし彼らが誰かは知っている。
至極無関心な顔で迷宮を掘り進み、何もかもを掘り返してしまう。
例え死んでも、また六人で掘っている。
延々と、掘っている。

今日も酒場の片隅で、誰かが言いました。
「もしこの世界のお宝が全部見付けられちまったら、どうなる?」
「そりゃあ、おしまいだよ」
「おしまいって?」
「世界は色褪せ、美しかった景色も、居心地の良かった酒場も、背を預け合った仲間達も、手元にある名刀も、何の意味もなくなっちまうのさ」
「おいおい、何の意味もって事はないんじゃないか」
「お前も冒険者だろ? なら、分かるはずだ」
「それこそ、俺達は冒険者じゃないか。俺達がやっている事ってまさに……」

瞬間、辺りの喧噪が止んだ気がしました。
思わず口をつぐんだ片方に向かって、相手の男は答えます。
「だから、誰かが守るのさ」
「誰が? まさか魔物が、なんて言わないよな」
「ヒトだよ。何だってヒトだ。ダイヤモンドをポテトよりも価値あるものにしちまうのは、必ずヒトなんだ。そうじゃなくなって困るのも、ヒトだけさ」
「しかしダイヤモンドに価値がなくなっても、それを巡る冒険は簡単に輝きを失ったりしないぜ」
「果たしてそうかな? 下らない一人遊びにだって、最低限ルールってもんが必要なんだ。じゃあないと、甲斐がない。元々ダイヤモンドどころか、そこら中のものがある日突然意味を失ってもおかしくないんだ。それなのに誰も彼も必死になってる。危ういんだよ」
「だとしたら、まさかそのルールってやつも」

「おい!」
と、酒場に怒声が響き渡りました。
一体何時からそこに居たのか、中央の丸テーブルには、ある日突然この街に現れた不可思議なパーティが、常日頃のように黙々と食事を進めていました。
ドワーフの戦士、ノームの戦士、ホビットの戦士、この三人が声を発するところは誰も見た事がありません。
暗い顔をした盗賊はやはり表情をぴくりとも動かしませんでしたし、エルフ女に至っては物を食べたり飲んだりしている姿すら今まで一度も見られませんでした。
今はただ一人、誰かが修理工と呼んでいたドワーフが立ち上がり、エルフに向かってカンカンに怒っていました。
「つぎはぎ! 笛はどうした!? クランチの笛をどこへやった!」

つぎはぎと呼ばれた女は、ガラス玉のような眼を前へ向けるだけで、決して何も答えません。
すると修理工はハッと何かに思い至ったように後じさり、歯をギリギリと鳴らして、周囲を睨め回しました。
が、その内に酒場は活気ある騒々しさを取り戻して、それぎり彼らも影のように冒険者の日常に溶けていってしまったのです。
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