『キニス・プルウィア』 - 009
まずかったかな?
コニーが向かいの建物へ帰っていくのを窓越しに見て、キニスは頭を掻いた。
ネフロネフロの不動産屋で部屋を借り、初めて自分の寝床を手に入れた嬉しさから彼女を招待したのだったが、改めて見ると酷い有様だった。
引っ越し作業の為に敷かれたままの新聞紙、窓際にポツンと置かれた古い椅子、中古のベッド、極め付けは壁に大きく貼られたセイボリーのポスターだ。
殺風景になるよりはいいかと思ったのだったが、コニーを喜ばすような気の利いたやり方とは言えなかったらしい。
キニスは視線を横に向けた。
大人だけが出来る柔らかな表情を浮かべたセイボリーの脇には、ネフロネフロの風景画があって、その中で猫達が気楽そうに欠伸をしていた。
これを描いたポールという青年は、大学時代に既に周囲から高く評価されていたらしいが、今はパンを買うにも困る生活を送りながら画家として売れる事を夢見ている。
キニスも当分、お洒落な家具を買う余裕はなさそうだった。
ビークルにバックパーツを背負わせないでも食っていけるようになりたい。
そんな格好良い事を言ってはみたものの、今は手持ちの金を切り崩しながら闘技場に通い、安いパンを囓って食費を浮かしている状態だった。
下級クラスの選手にはビークルのメンテナンスがあるだけで、ろくなファイトマネーが出ない。
ただ同時に、今をそれなりに楽しんでいる自分にも気付いていた。
ネフロネフロの英雄シュナイダーや、伝説のビークル乗りジンジャーが語る白い悪魔エルダー、そんな人物達にいつか肩を並べられるかも知れない。
くたびれたベッドに身を投げて眠りに落ちる時、そう夢見る事があった。
今日、コニーがそこに座って歌を歌ってくれた。
キニスは、フェンネルが楽団を抜けて以来練習してきたギターを弾いた。
客のいない二人だけの演奏だ。
あの時の彼女の表情を思い出し、キニスはまた頭を掻いて窓の外を眺めると、夕飯を買いに出掛けていった。