『アルの日記』
「アルフォンソ……」
あの時、テッドは確かにそう呼んだんだ。
アルフォンソ・マクドール。
それが僕の名前には違いないけれど、小さな頃からずっと一緒にいて、「アル」と愛称以外で呼ばれた事なんて殆どなかった。
戦災孤児だった彼を父さんが助けてから、もう何年経つのだろう。
「俺は三百年の間、一度もゆっくりと眠った事がなかった」
あの時、テッドは確かに言ったんだ。
外は雨が降っている。
僕達はマリーさんの宿屋の屋根裏部屋で、下手に動く事も出来ずに、じっと階下に響く賑やかな酒場の音を聞いていた。
それはまるで、テッドと二人で悪戯をして怒られて、マリーさんによく泣きついていたあの頃と似ていた。
だけど、今や何もかもが変わってしまったのだった。
北方、ジョウストン都市同盟との争いの防衛に父さんが派遣される事が決まって、僕も帝国五将軍の一人テオ・マクドールの息子として、黄金皇帝バルバロッサ様に謁見したのが始まりだった。
幸運を呼ぶ剣として幾度となく陛下を守った愛剣プラックが父に手渡される際、その輝きの向こうで宮廷魔術師ウィンディが妖しく笑んでいたのをよく覚えている。
「私がいない間は、アルフォンソがこの家を預かる事になる」
父さんのその言葉をくすぐったく感じた僕は、きっと自分を囲む恵まれた環境にまだ無自覚だったんだ。
グレミオは、母親を早くに亡くした僕を四六時中心配してくれて、いつだって我が儘を聞いてくれた。
継承戦争時代から父さんの部下だったクレオとパーンは、姉と兄のような存在だった。
しっかり者のクレオは厳しくも優しく、初めて会った時にはどこか怖かったパーンも、彼の戦士としての誇りを理解出来るようになった頃には、その真っ直ぐな瞳に大らかさが感じられた。
僕達は家族だった。