彼らに纏わる話 015
「左に曲がれ……。そう書いてあります」
迷宮の床に刻まれた新しい文字を確かめて、サイードがアイリーンに言いました。
美しい白金色の髪を波立たせるように揺らして、彼女は溜息を吐きます。
「またつまらないものが流行しているようだな。古い文句か何かだろう。全くの無意味だ」
彼女の言う通り、この迷宮では様々なものが無節操に流行し、そして無意味に廃れていくのです。
あまりにも低俗な風習ですが、それでいいのです。
品質の高いものというのは、長続きしてしまいます。
それではいられないのです。
アイリーンはその事を鼻で笑いながら、サイードに教えてやります。
「品質の高いものなど、元々望んではいないのだ。品質の低いものに文句を言う事を望んでいる。そして今の流行が早く廃れて欲しいと願っている。奴らを見ていろ。思わず長続きすると、焦っているぞ。情けない! 早く次の流行を消費したいのだ。消費し続け、それを腐して生きている」
アイリーンの表情は同情的でも、侮辱的でもありませんでした。
まるで美味そうな肉でも見るような、そんな舌なめずりに似た顔付きに、サイードは思わず身を震わせました。
「この言葉、お前も知っているだろう? 私も知っている。誰もがどこかで聞いた事がある文句だ。……新しくなくてもいい。新しい流行でありさえすれば。そうして繰り返していく内に皆が無名の消費者になり、そして顔のない再生産者になる」
サイードは思い起こしてみました。
ここの町で見かける面々を。
しかし彼らの顔も名前もぼんやりとしていて、なかなか思い出せませんでした。
「満足げな顔をした、哀れな連中……。名がない者に力などない。お前も名は失うなよ」