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『wizardryで物語る』 Appendix Story
彼らに纏わる話 028

発端は、宿へ帰ってきた六人に、アンディが嬉しそうにMALORを使ってみたと話した事でした。
彼が転移呪文の便利さに感動し、これで迷宮から脱出出来るのではないかなどと言っていると、今まで黙っていたカヤがげんこつと共に激しく怒鳴ったのです。
「馬鹿! あれだけ危ない魔法だって教えたろ! あんたらもちゃんと注意したの!?」
彼女はそう言うと、びっくりして泣き出してしまったアンディを見て、我慢ならないといった様子でロビーの端にあるカウンターへと行ってしまいました。

カヤが厳しい声を上げるのは、そう珍しくはありません。
しかし意図的に干渉しないようにしてきたアンディに、これ程強い態度を示すのは、通常とは言えないような気がしました。

それは、自身も分かっていました。
彼女は地底深くにある、この世の終わりみたいなバーカウンターに腰を下ろして、ふと遠い国に置いてきたあの情けない旦那とチビ二人の顔を思い浮かべています。
彼らの事を思わない日はありません。
しかし知らず知らずの内に自覚はしていましたが、彼女は今まで、都合良く彼らのいる風景や一緒に遊んでいる声を懐かしんでいただけだったのです。
小さい頃から旅の一座として育ち、今も冒険者として風に吹かれて生きる彼女にとっては、それが精一杯なのでした。
彼女が酔うと歌う、どこか故郷を想わせる歌も、そんな美しさと諦めに彩られていた訳です。

「こんなの拾ってきてどうすんの! 私達が世話出来るなんて思ってるの!?」
アンディがやって来た日、カヤはずっと怒っていました。
貧しいままに結婚をして、嵐のように生活を送ってきたから気になっていませんでしたが、彼女は根を張って家庭を営む事が出来ないのでした。
それは彼女の人生がそうさせたのです。
そもそも人には向き不向きがありますから、例えば今、彼女が自分のいない家族の、本当の意味での生活を思い浮かべられないという事も、誰が批判出来る訳でもないのです。
しかし、どうやら、とカヤは息を吐きました。
これまでのアンディへの頑なな態度は、そんな自分のどこかにある罪悪感に似たコンプレックスだったのかも知れない、と。

「カヤ……」
気が付くとサリアンナが後ろでモジモジしていました。
彼女は今日手に入れたローブを身に付けられる状態にしたらしく、それを手に持っています。
「このローブ、強いから。カヤ使って」
突然何なの、とは言いません。
これがサリアンナなりに気を遣った行動だというのは、もうカヤじゃなくても分かります。
普段とは違うカヤを心配して、何か出来る事はないかと必死に探してきたのでしょう。
「いいよ。あなたが使いなさい」
「ううん。これはカヤの」
サリアンナはギュッとそれを押し付けて、上目遣いでカヤの事を窺うと、アンディの方に行ってしまいました。

「女将、これのボトルがあるだろ」
しばらくすると、今度はアイリーンの声が聞こえました。
彼女はカヤから少し離れて席を取り、勝手に彼女のボトルを開け始めたのです。
それから驚くような量を一気に飲み干したかと思うと、ケロッとした顔で再びグラスに液体を注ぎ入れ、こちらを一瞥もしないまま黙っていました。
いつまで経っても、そうしています。
「本当、よく分からない奴ばっかりだわ」
カヤは言いました。
そして身を乗り出して、掠奪の憂き目に遭う自分のボトルを救うと、それをあおりました。
「酒が強い奴は好きだけど、酔わない奴は大嫌いだよ。私」
それを聞いたアイリーンは、肩をすくめるように笑いました。
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