彼らに纏わる話 031
「何やってんの?」
と聞いても、サイードはちらと眼を上げただけで、何も答えませんでした。
ですが、カヤも大して気にした様子なく、手にしたお酒を口へと運びました。
彼女にしても、今まで相手していたサリアンナが眠ってしまい退屈で声をかけただけでしたし、サイードは以前からこういった目的のない儀礼的なやりとりには一切口を開かないのでした。
そもそも、彼の手の中で様々な組合せに変化する金属細工が、迷宮に存在する罠の構造を模したものである事は、見れば分かります。
冒険者が仲間を慰めるような事は滅多にありません。
毎日寝る前に自分の右腕へ優しい言葉をかけるヒトがいるでしょうか?
しかしおかしな言い方ですが、自分自身へシンパシーに似た心情を持つのは、そこまで珍しい事でもないでしょう。
地下十八階。
中心部へと踏み入る事すらなく、彼らは跳ね返されました。
それは突如として起こったような気もしました。
気が付かないというミスを犯したのか、それとも気が付かない振りをしてきたのか、死は確実に彼らに接近し、その頬をかすめたのです。
「私もずっと、いざとなればMALORで、なんて思ってたのよ。何故そんな思い込みをしていたのかしら。こんな場所で」
助かりたかったのだろうか、とカヤは考えました。
それからグラスの端に付いた一滴の酒を唇で吸いました。
サイードは相変わらず指に傷を作りながら、金属細工を睨み付けています。
息を強く吐く音が、ほんの少しだけ聞こえてきました。
「世の中には特別な奴っているのよ」
アイリーンは手に入れた流星の巻物を完璧に使いこなしました。
専門外の僧侶魔法だというのに、彼女の手から放たれたそれが真言葉への優れた理解によって力を発揮していると、カヤにもすぐ分かりました。
オクサナに頼みの綱である嘆願の巻物を任せるのは不安でしたが、彼女程効率よく動ける者はいませんでしたし、僧侶として最後まで働ける実力も確かでした。
皆、もう行動を始めています。
こんな場所でも、時間は進むのです。
「ま、踏ん張らないとね」
カヤがそう言ってグラスを空にすると、サイードは再び眼を上げたようでしたが、彼はまたすぐに自分の指先に集中し始めました。