彼らに纏わる話 032
冒険というものの果てには、ヒトの命が動く音を耳にする事もあります。
それは、風が過ぎたような音でした。
間違えてはいけないのは、命が往くにしても還るにしても、そこにはヒトの意志というものが必ず関わっているという事です。
例えその運命を賽に運ばれようとも、ヒトの他に賽を振る者などいないのです。
使われなくなって久しい監獄、延々と連なる拷問部屋を眼にした時、サイードは自身の行き着く場所を見たように感じていました。
どうしてかは分かりません。
そもそも彼はろくな言葉を持ち合わせていませんでした。
しかし一方で、己の最期が悲惨なものであるという自覚は常に抱えてきました。
レベリオ人として生まれた事がそうさせたのか、それとも抗えない血を裏切り続ける今がそうさせるのか、または彼自身がそれを望んでいるとでもいうのでしょうか。
慎重に進もうとした矢先に転移罠によって呼び込まれた監獄最奥部で、彼はアイリーン達のために敵の懐深くへ踏み込み、命を落としたのです。
が、魂は呼び止められました。
徐々に取り戻されていく意識の中で、サイードは自分を覗き込む五人の顔を見ていました。
ゾフルは己が身に付けていた死を寄せ付けぬ鎧を丁寧に彼に着せ、オクサナは真剣に呪文を唱えていました。
アイリーンは険しい様子で、カヤは心配そうに、サリアンナは困ったような顔でした。
彼が見た彼らの真摯な眼差しは、本当だったのでしょうか?
サイードが動けるようになると、すぐに冒険の続きが始まって、記憶となったその事実は薄れていく一方でした。
勘違いだったのかも知れません。
しかしそうして手に入れる勘違いと同じように、彼はかつて「あの一歩」を踏み出したのです。
「時にはなまくら刀でも手に持たなければいけない」
アイリーンは言っていました。
頭の悪いサイードにはその真意は到底分かりませんでしたが、今死によって静まった自身の魂は、どこか安らかさを以てその言葉を思い出しています。
再び風の音が行き来しました。
目を覚ました途端にカヤへ抱き付くサリアンナを見ながら、彼はふと様々な考えを整理してみようかと思い付きました。
そんな事は今までした事もありませんでしたから、ひどく時間がかかるでしょうし、ともすると適わないかも知れませんでした。
しかし今眼前では、普段から焦るように新しい知識ばかりを求め、いつも大量の書物と共に眠っていたサリアンナが、ただじっと無言で目の前のカヤだけを大事そうに抱き締めています。
それを見ていると、彼の魂もまたゆっくりと揺らめくのでした。