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『wizardryで物語る』 Appendix Story
彼らに纏わる話 035

アンディ・タイナーは、強くならなければいけませんでした。
一体何故でしょう?
それは、アイリーン達にもしもの事があった時、彼女らを救う役割を担っていたからです。
そのために、彼は今日も必死に勉強していました。

アンディ・タイナーは、強くならなければいけませんでした。
一体いつからでしょう?
今は遠い地上で生活していた時、彼はその身の不幸を大袈裟に嘆いた事すらありませんでした。
相手を恨む事もせずに、ただ涙で目を腫らして、生きていました。

外界から完全に隔絶されたこの迷宮には、気候の変化などありはしません。
それなのに、その日アンディは不思議と「寒くなったな」と思ったのでした。
そして自分の運命がこの地下に巻き込まれたあの暑い夏を思い返し、もう雪でも降る頃かなと上を見ていました。

「どうした? 何かあったか?」
暗い天井をじっと見上げている少年に気付いたサイードが聞きました。
「ううん、平気。雪、降ってるかなって思ったの」
「そうか。……アンディ、ここを出たいか?」

アンディは、答えに詰まりました。
単に突然問われたせいかも知れませんが、自分でも不思議なくらい、今言うべき答えが見付からなかったのです。
そして気が付くと、両親の声や、憧れのモーリーンの表情や、レギーナ婆さんの皺だらけの手や、たくさんのいじめっ子達の瞳に想いを馳せていました。
彼は、暗い天井をじっと見上げていました。

するとその小さな肩に、サイードが手を置きました。
彼に触れられるのは初めてだったので、アンディは思わずハッとしました。
しかしサイードは黒い眼を向けたまま、ただそっと手に力を入れただけで、何も言いませんでした。
その掌は大きく、硬く、力強いものでした。

「親爺さんは、最近楽しそうだね」
しばらくしてから、アンディは照れるように口を開きました。
サイードから話を始める事などまずありませんから、いつもこんなように会話は動きました。
「戦えるならどこだって理想郷なんだ、あの老人は」
「凄いなあ」
「ああはなるな」
「どうして?」
「どうしてもだ」
何それ、とアンディは少しだけ笑いました。
サイードは困ったような様子でしたが、心なしかいつもより柔和な雰囲気をアンディは感じていました。
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