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『wizardryで物語る』 Appendix Story
彼らに纏わる話 037

深淵に青白く浮かび上がるデルフの顔は、ヒトが見せる笑みにもよく似ていました。
それはヒトが見るからこそ、そう思うのでしょうか?
実際に、彼らの存在とは人智を全く超えたものであり、この場に到っては神や悪魔と呼ばれるものによる一つの意志決定にも映ります。
曰く、ここで終わりなのだ、と。

浮遊する巨岩、移動要塞とも称せられる五体のアリエルサーバントが、一斉にブレスを射出しました。
アイリーンはたった一人でその渦中を駆け、赤い血を散らせながら、刀を振ります。
眼前に立ちはだかった非情な笑みは、まるで視界の中で凍り付いたように、いつまでも消えようとはしません。
けれど、アイリーンはマントを翻して叫ぶのです。
「まず一つ!」

勝てるはずがありません。
なのにどうして、それでもヒトは戦うのでしょうか?
「二つ!」
もう既に、彼女の白い肌は赤黒い血に濡れて、輝く金髪は泥にまみれ、身体は汚れ、潰れ、壊れていっています。
死んで終わってもいいのではありませんか?
「三つ!」
この世界が夢と変わらないのであれば、何故彼女は生きるためにこうも苦しみ、それでも這い上がろうとするのでしょうか?

ここではないどこかでも、ヒトはやっぱり夢を見ています。
今の暮らしがずっと続いていくのだろうと、勝手に思っています。
或いは理想の自分であったり、今が全てじゃあない、こんなものじゃないと、夢を見続けています。
けれど、それでもやっぱり、覚めていく。
覚める事を選択する。

例えば、彼女が幼かった日に姉と慕った女性を殺めた事が、もしくは故郷で彼女の帰りを待つ旧バセット家の一派が、旅の最中で彼女に恋をした者共が、ともするとここまで彼女と一緒に戦ってきた仲間達が、そうさせるのでしょう。
結局、今までやってきた事が、生きてきた事が我々にはあって、引くに引けないのです。
その先が終わりであっても、もう進むしかない。
何故なら時は限られていて、時は巻き戻らないからです。

夢の終わりを求める事は、物語の終わりを受け入れる事とも言い換えられます。
どんなに偉大な王であっても、死ねばただ一つの屍である。
屍が地の底にあろうが、絢爛豪華な城にあろうが、何も変わりはしない。
なのに、それでも、ヒトは生き続けてきました。
鳥篭の中の鳥が自由を求めるように。

アイリーンにすれば、もう今更権力を持つ意味だの、成功の報酬だの、家族の温かみだの、そんな事々を人生の議場に持ってこられないのです。
それが哀しい事であろうと、そのように生きてきたからでした。
彼女がバセット家の外で出会った戦神信仰も、その事をよく理解していました。

その者達は、結果として訪れた運命に意味など認めません。
恐らく、こうして彼女がMAHAMANでろくでもないものに祈りを捧げ、自らの生を手繰り寄せた事にも。
そんな事に意味があるなどとは、ヒトがそう思いたいだけで、想像に過ぎないのだと。

しかし、彼女はこの暗い地下で戦い続けました。
全てを切り裂くブレスの中で、凶悪な打撃を全て躱しながら、天運にも悪運にも手を伸ばし。
今、独りぼっちの彼女を哀れむように付き従っていたピクシー達が散り、その身を光と化して、精霊界へと帰って行きます。
それに照らされて煌めく村正と、ボロボロになりながらも立ち上がるアイリーン。
そこには意味も理由もなく、ただ美しさだけがぽつんとありました。

「これで、四つ」
そう言って息を吐いたアイリーンは、ふと空が見たいなと思いました。
長い間見ていないと、ヒトは理由もなくそう思うのです。
寒々とした空でもいいから、またあの青が見たいと。
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