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『wizardryで物語る』 Appendix Story
彼らに纏わる話 039

無限に続くかのように思われた迷い路を抜けた先には、あの懐かしいトランブルの姿がありました。
町外れから見る巨大都市の遠景と、その上に広がる淡い色合いの空、流れ行く雲。
まるで昨日の続きのように、サイードはそれを眺めていました。
夢に飲み込まれる事も、死を選び取る事もせず、彼は今ここに立っていたのです。

不思議と感慨のようなものはありませんでした。
先日、彼は酒場へと赴きました。
すると立て付けの悪い扉の先には、見知った顔と見知った日常が溢れかえっていて、適当な席に座りほんの少し耳を傾けただけで、気付いた時には全てが絶え間ない明日に溶けてしまっていたのです。
そこでは同じ失敗が繰り返され、同じ成功も繰り返され、よく見かける平凡な死が積み重なった上に、何度も見た派手な物語が山積していました。
それはまるで見果てる事がない、いつか見た日々でした。
サイードはふと、大陸のどこかに周期性の森と呼ばれるものがあるらしいと、そんな事を思い出していました。

迷宮に踏み入った日と、今日この時では、何が変わったのでしょう。
ヒトが見せる僅かな変化を認める事が困難であるとするのなら、あの暗い地の底で起こっていた事々を事実と認める術もまた、そう多くはありません。
時間は簡単に、一年以上にも、たった数日にも、もしくは一瞬にも映るものなのです。
ここから見える地下への入り口は確かに大地と地続きで存在していますが、そこに立つあの日のサイードと今日のサイードとの間にどんな道のりがあったのか、それを見る事は決して適いません。

棄てた、無くした、欲した、そんな何かと出会った気がしました。
ですが、本当かどうかは分かりませんでした。
大悪魔が扉の前でアイリーンに囁いた言葉も、石の中をゾフルが歩き回った事も、絶体絶命の瞬間に自身の手から放たれた地烈の術や、人懐こく話し掛けてきたあの少年すらも、今では夢のように思えるからです。
心の何処かに変化が起きたような気がしましたが、考えてみると、サイードは心の場所をよく知りませんでした。
自分は何も知らないのだなと、彼は風の行方を目で追いました。

「よう、旦那。儲かってるかい?」
振り向くと、そこには顔見知りのホビットが煙草を噛みながら立っていました。
「テッドを見に来たんだろ? 最近酒場はその話で持ちきりだからな。とんでもない迷宮が出てきたって。まるで悪夢みたいにきついらしい」
「……誰がそんな事を?」
「誰って? 逃げ帰ってきた奴らは皆言ってるよ。名のあるパーティでも、二階やそこらで音を上げて退散しちまうのが珍しくないんだとよ」
咄嗟には話を理解出来ませんでした。
しかし、はっとして迷宮入り口に視線を向けた時、そこには傷を負いながら互いを支え合う者や、真新しい鎧に身を包んだ挑戦者が、何人も出たり入ったりしていました。

「……あんたは、行ったのか?」
「まださ。何せ大仕事を終えたばかりだろ? うちのリーダーはお優しいから、一人でも疲れたって言えば、休暇が延びるんだ」
聞いてから怪訝な顔をするサイードに、ホビットは整った眉を片方上げて見せました。
「おいおい、俺達がハルシュタインの骨を持ち帰ってから、まだ一月と経っちゃいないぜ? まあ、結局あの大がかりな蘇生は失敗して、埋葬されちまったみたいだが」
そう言うと、彼は膝を折って腰を下ろし、足下にあった石ころを弄びました。
「幸い今は食うのに困る訳じゃあないが、稼げる内に稼いでおきたいんだけどな。勿論、ハルシュタインが消えたからって、この国の強硬的な態度がすぐに切り替わるとは思えない。それでも、冒険者がこのまま美味い汁を吸い続けられるはずもないんだ」
「そうなれば街を出る、か」
「そりゃあな。そういうもんだろ?」
不思議な事を言うもんだと、ホビットはそんな風に笑いました。
「時期が変われば、風も変わるさ。そのお陰で、しんどい時でも、しばらく凌いでいれば何とかなったりする」
言葉と共に放られた石は、でこぼこの土の上を不規則に転がり、やがてカチンッと音を立てて他の石にぶつかりました。

サイードは、もう一度迷宮を見つめました。
そして、その奥底には一体何があるのだろうと思い浮かべました。
大体の想像は付く気がしましたが、当然はっきりと分かるはずもなく、それは実際に見てみないといつまで経っても知り得ない事のようでした。
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